昨日の時点で、只見線が大雨[E:typhoon]の為運休していたという事で、小出からの列車があるかどうか心配されたのですが、小出に3時頃到着すると、只見線の列車が到着していて、雨[E:rain]も心配なさそうな程度であったので一安心[E:happy01]



20080830_1 それから2時間程適当に時間をホームでつぶして、5時半発のJR只見線[E:train]の始発に乗る。只見線は一日に3本しか走らないので大変[E:bearing] これで、10時40分頃20080830_2 会津若松到着予定。つまり出発してから到着迄約11時間[E:wobbly] 結局、小出までの間殆ど寝てなくて、小出からは折角景観が良いのに、気が付けば半分以上寝て過ごしてしまった[E:coldsweats02]という勿体無い事です…[E:crying]



20080830_3 会津から、そのまま磐越西線[E:bus]に乗り換えて「猪苗代駅」へ。まずお昼ご飯[E:restaurant]を食べるべく、駅前の「かくだい食堂」で会津名物「ソースカツ丼」を注文。かなりのボリュームで蓋からはみ出ている程。食べきれない程でしたが美味しかったです[E:happy02]
20080830_4 タクシー[E:car]で「土津神社」へ。前にも何度か来ているのに、うっかり見過ごしていた事が多いです。今回はDさんに「斗南に土津神社を移した後戻したのかな?」という話で、入口入って直ぐの復興の碑に気が付いて、明治期に斗南から戻した事が発覚。
あと、ふと思い出したのは、文久四年に容保の願いにより藩祖保科正之が『三位』を拝命した事を、家老一ノ瀬要人と共に御側役として見祢山(土津神社)に報告に来たのが梶原平馬サマだったなぁ~と妄想…[E:heart04]



20080830_5 その後、西円寺に行って「勝軍山(母成峠)戦死者之墓」へ。更に別の寺に向かうも目的の墓を見つけられず断念して、歩いて「亀ヶ城」へ。亀ヶ城は会津藩の唯一の支城。戊辰の時は、城代だった高橋権太輔が戦わずして火を掛け退却し焼失。



少し時間は早いけど、タクシーで駅に戻って喫茶店でお茶[E:cafe]してから電車[E:train]にのり会津若松駅へ。駅から直ぐ近くの「富士の湯」[E:spa]へ行って日帰り入浴。ここで今日帰路に着くTさんとお別れ。



20080830_6 ホテルにチェックインしてから、6時に外出して「ばんげや」で夕食。日本酒[E:bottle] と馬刺し、馬のレバー、もつの味噌煮、いか焼き、栃尾の油揚げ他、とっても美味しく頂いて、20080830_7 ほろ酔いながらハシゴで「割烹 藤はな」でお刺身等の軽いつまみものと楽しいおしゃべりでご満悦[E:heart04]楽しい一夜[E:moon3]はあっという間に過ぎてしまいました。