今日は今回の会津入りの目的「会津彼岸獅子」 デス!!

「獅子舞」は全国的に色々形はあれど勇名ですが、会津の「彼岸獅子」もそのひとつ。
獅子舞は、太夫獅子、雄獅子、雌獅子の3人一組で演じられる。頭に獅子頭を被り、鳳凰を染めた袷着物を着て、手甲、小太鼓、両手にバチ、白足袋を着用して演目を踊るモノで他に囃し方は笛と締太鼓が共に3~4名程度、歌い手が数名付く、また弓持ち1名が付く。会津では春の彼岸に五穀豊穣と悪霊退散を願って(本来は家々や田畑を廻って)舞う福島県の重要無形民俗文化財。

20070321_1 で、朝9時半に鶴ヶ城インフォメーション前で亜樹さん、学而さんと待ち合わせ。
8時半にホテルをチェックアウトして城まで約45分歩く。合流してから御三階の近くの東屋前に行きどどんぱさんとも合流。開始の10時近くなるとだんだんカメラを提げた人達が増え始め、TVカメラもスタンバイされる。

10時から鶴ヶ城で演じるのは「下居合獅子」これは私は初見。江戸期や昭和初期に比べてかなり数が減ってしまっているそうで、淋しい限りです(TwT。)ガンバレ~☆
「下居合獅子」と「天寧獅子」はちょっと見区別が付きにくいです。1つめの写真が「下居合獅子」で、2枚目が「小松獅子」3枚目が「天寧獅子」です。区別が付きます??
約30分ほど掛けて「庭入り」など何演目か演じられました。…やっぱりカッコイイですo(≧▽≦o)この獅子頭がカッコイイですねvv

演舞後、しらゆきさんと偶然合流。城から移動して神明通りのドトールへ。院内御廟の話等色々語れて楽しかったですvv
そこからしらゆきさんと別れて、お昼ご飯を食べに蕎麦処「すゞ勘」へ行き、「釜たまうどん」を食べる…うんまいvvレモン(すだち?)が効いてさっぱりして美味しいvv一口だけお猪口で「春高楼」も。

「すゞ勘」を後にして、次の会場となる「本町通り(旧融通寺通り)ヤマヘイ駐車場」へタクシーで移動。その際にえむたさんに連絡を取って合流。
20070321_2 この会場では「小松獅子」 が演じられる。
「小松獅子」は北会津小松地区の彼岸獅子で、歴史的にはもしかしたら一番有名かもしれないです。何故かというと、慶応4年の戊辰戦争の際の籠城戦に入った後、会津藩家老山川大蔵(後の山川浩)が敵に包囲された城に入城する際、攻撃されないようにこの小松の彼岸獅子を隊の先頭に立て無事入城したという。戊辰戦争後には、藩主松平容保公より褒めの言葉を賜り、更に、小松彼岸獅子に限って、頬掛と高張提灯に会津葵紋の使用を許可されたので、現在も会津葵を見ることが出来る。
なんとなく、そのイメージで見る所為か、他の天寧や下居合に比べて若々しく機敏に見える。でも獅子頭の顔は一番カワイイvv(目がクリッとしているんですよ☆)

20070321_3 ここからえむたさんのタクシーで移動して城へ戻り、今度は14時からの「天寧獅子」 を見学。「天寧獅子」は昨年の秋祭りで見てるので二度目。

江戸期には「弥太」と呼ばれる下級武士が大勢おり、その弥太達を歌った「徒之町百首」という狂歌があるのですが、その中でも多く「彼岸獅子」が出てきて、弥太達にとって獅子は数少ない娯楽であり、それぞれ地元の贔屓獅子が居て、追っかけて歩いたり、離縁されても他の獅子は応援しないなど、いかに人気が高かったかが記されています。(たとえば「南町不縁するとも青木獅子 誉めぬははさすが彌太が妹」等々)

その後、多少時間があったので、私と亜樹さんは、駅近くの信金前で行われる15時からの「小松獅子」をもう一度見てから帰路につきました。
生で小松獅子を見れて感激vv滝沢獅子が見れなかったのはちょっと心残り?ですが、おおむね満足vv亜樹さんとも色々コアな会津話出来たしv(秋月の病というのはきっと鬱病だろうとか(笑))次の会津入りは桜の時期か…???