20060924_1 朝6時頃起きて6時半過ぎに朝食を取りホテルをチェックアウト。
そこから、まず滝沢の不動滝に行き、更に滝沢街道の旧道を通り、古道の戦死者墓を見て強清水へ出ようとしていたのですが、金掘集落までは順調だったのですが、気が付けば強清水に出てて1コ戦死者の墓を見落としてた…Σ(|||▽||| )
そこから十六橋を見て、その近くにあったと思った戊辰戦20060924_2 争戦死者墓を探すも全然見つからず、諦めて中ノ沢温泉経由で母成峠へ。母成グリーンラインは前は有料でしたが、9月から無料に…が、母成峠でUターンしてしまうので、それを実感できず…。
母成峠からの見晴らしは最高でしたvv
そして、古戦場跡から埋葬の地へ行く…なんか木立の中のマイカーが某軽自動車のCMみたいだった…(苦笑)しかし、昨日は飲んでたし朝は早かったしで、運転中も結構眠かった~~( ̄▽ ̄)。o0○



20060924_3 そこから市内に戻る途中という事で、磐椅神社 に一度行ってみたかったので、ついでに土津神社へも立ち寄り。前回は3年位前に空子さん達と一緒に行ったのですが、時間が無くてゆっくり見れなかったのですが、今回は末社とかもじっくりみれて、途中野生のリスまで出会ってしまいました☆☆野生の王国?!
20060924_4 そこから、前回は知らなかった名家老と言われた田中正玄の墓と磐椅神社へ。キリシタン墓入り口という案内近くから細い入り口を入って700m位歩くと、途中右側にテニストーとが見え、その脇の細い獣道を進んで更に奥を左折して獣道を進むと、丁度テニスコート裏に田中正玄の墓が。…あまりの藪っぷりに熊出たらどうしようかと二人でドキドキしてましたΣ(|||▽||| )



20060924_5 そこから元の道に戻って、磐椅神社へ。東北でも有数の格式を誇り、起りは弥生時代とも言われる歴史の古い神社で、会津藩祖保科正之が「我、没後末社たらん」といい、磐椅神社の末社として保科正之を祀る土津神社があるという程の格式ある神社。…で、さぞかし凄いんだろうと期待したのですが…アレ?って感じ?でも、会津五桜の一つ「大鹿桜」ってこんなとこにあったんですね…。これが花を付けているのを見る事が出来る日が来るのか…。



20060924_6 そこから、市内に戻る途中戸ノ口原古戦場に行き戦死者の墓と慰霊碑を見て帰ろうとしたら、散々十六橋付近で探していた戦死者の墓が斜め前に…アレ?ここだったんだっけ??(ボケが始まったようです…)そこから今度こそ市内に戻り、お昼御飯は会津の名物「ソースカツ丼」を知らないちにたさんの為、そして私も一度入ってみたかった鰻のえびや へ行き、ちにたさんはソースカツ丼、私は折角なので「うな丼」…美味しかったデスvv次はソースカツ丼にもチャレンジしたいなぁvv



食後に福島県立博物館へ行き、しらゆきさんにお願いしていたレジュメを受け取りに。その時「は!しまった手土産を買ってくるのを忘れたΣ(|||▽||| )」と思い出すも手遅れ…仕方なく手ぶらで行ったのに、親切にも対応して頂き、本当に本当にありがとうございました!そこから図書館に行き、ちにたさんは御先祖探し、私は平馬サマ関係を調べるも、大きな収穫は無し(TwT。)…とりあえず、古い諸士系譜の原本だけ全頁コピーさせて貰いました。…健之助さんと景賢さんの繋がりが解らない…う~ん。



気が付けばPM5:00で、名残惜しくも会津を後にして一路帰宅の途に。…当然「自宅に帰る」って設定すれば、会津若松ICから高速に乗るものだと思っていたのに、カーナビ君は、何故か「須賀川IC」を指示…何故?!意味不明ですこのカーナビ君。
高速運転中も眠い~って感じで、しかもコンタクトが乾く乾く、途中早々と那須高原SAで休憩してから再出発し、途中の佐野SAでちにたさんとお別れ。家には9時半頃無事到着☆☆楽しい会津旅行でしたvv



ちなみに今回の御土産は「かんのや」の「黒ごま胡桃ゆべし」と「あかべえ」の「バスタオル」「うちわ」「ハンドタオル」、会津ピンバッチの「殿」、「みちのく戦隊フクシマン」の「赤ベコレッド」2種、「リラックマと赤ベコのキーホルダ」…他vvええ、後から気が付けば、はっきり言って自分への土産しか買ってませんでした(爆砕)