----白河(しらかはのせき)----
雨暗白河古戦場 (雨は暗し 白河古戦場)
関門不鎖奈興亡 (関門鎖さず 興亡を奈せん)
馬頭咫尺雲峰乱 (馬頭 咫尺に雲峰乱れ)
又絶九回北客膓 (また絶つ九回 北客の腸を)
-<現代語訳>--------------
雨降りしきる白河の戦の跡に来てみれば
関所の門は開いたまま興亡の跡虚しくて
馬上間近に仰ぎ見る、乱れ崩れる雲の峰
破れた北の国人の腸は煮え返るのだ
という事で、庄内藩士酒井吉之丞(玄蕃)の「白河(しらかはのせき)」という漢詩です。
旧暦の慶応4年5月1日は、新暦の6月20日(水)になるそうです。
今度の日曜6/3には白河にて慰霊祭が行われる為、
愛車MRワゴン(通称ブリッコ)を飛ばして行ってこようと思っています。
当初、酒井玄蕃率いる庄内藩第二大隊は7月8日、白河口応援の為庄内を出立したのですが、新庄藩離反の知らせを聞き取って返し、舟形で戦い、そのまま秋田攻めに進軍してしまうので、吉之丞は結局白河の戦いには参加していないのですが、やっぱり口惜しい気持ちが詩に顕れていると思います。『無敵の鬼玄蕃』と呼ばれた酒井玄蕃率いる庄内藩第二大隊が白河口に行っていたら、もしかしたら戦況は大きく違っていたかもしれないと思うと、歴史というのは、小さな偶然などが積み重なって、大きな歴史を築いているのだなぁ~と思います。