堀之内から小千谷へ。まずはまだ行ったことが無かった「雪峠」古戦場跡へ[E:happy01]周りはのんびりした一面の畑で、碑にも「むかし戦場いま農場」と書いている通りで、昔激戦が行われたとは思えない場所でした。
慶応4年閏4月26日、長州、松代、高田、尾州、大垣、松本、須坂、飯山等の新政府軍と、今井信郎率いる衝鋒隊の間で激戦が行われた場所。
それから、あの有名な慈眼寺
へ[E:note]
慶応4年5月2日、新政府軍軍監岩村精一郎と長岡藩家老河井継之助との会見が行われ、河井は中立を訴え、会津・庄内藩への降伏斡旋を唱えるも岩村の拒絶にあい、河井は開戦を決意したという。
昔、震災前に一度行った時には、時間も無くて中に入れなかったのですが、今回行くと、震災で建物がかなりダメージを受けたのは知っていたのですが、壁とかが新しくきれいになっていました。また、お寺にお願いして中にも入れました。
「会見の間」は品の良い部屋で、部屋の隅には、新政府軍側の戦死者の位牌が置いてあり、別の隅には、新政府軍兵の詠んだ歌がいくつも貼られた屏風があったり…。また、廊下のガラスケースには、戊辰戦争の砲弾や銃弾、奇兵隊の使用したそろばんや、河合や岩村などの書状など貴重な史料が沢山飾られていて感動[E:shine]
船岡公園の西軍墓地に行こうと思ったのですが、たどり着くと、入り口が封鎖されていて、脇の工事業者の看板に「震災復興工事」とか書いてあって、震災の被害の大きさを見た気がしました[E:think]