名残惜しくも、日浄寺を後にして「北山霊園」に。北山霊園は谷中霊園のように広いメモリアルパークになっていて、お盆のこの時期この北山霊園に行く道は大渋滞Σ(|||▽||| )お盆の時期の欠点を味わいながら何とか北山霊園に到着。
ここで、KOKOさんの御先祖にあたる会津藩士で砲兵隊に属して鳥羽伏見の戦いで戦没した小池勝吉含む墓地にお参りしてから、念願の若生文十郎の墓に。ずっと行方知れずとされていた若生さんのお墓は御子孫も居ない為かなり手入れされていないボロボロの状態でした。そこでお参りをして、次に行こうとした時に若生さんのお墓にお参りに来た老夫婦が…。KOKOさんが関係をお伺いすると「うちの先祖と同じ日に切腹して、今は御参りする人も堪えてしまっているから、その縁でせめて自分達位でもとお参りしている」のだと。素性をお伺いすると若生等と同じく責を追って(実際は内部抗争で)切腹した和田織部の御家系の方であると云うことで、今まで場所の解らなかった和田織部の墓に御一緒させて頂く事に。それにしても、この老夫婦、かなりの御高齢で、歩くのもやっとな状態なのに、係累が絶えてしまった縁の方々や恩師など計16箇所も廻られるとか…。本当に見上げた素晴らしい方です。親族でも中々出来ない事だと思います。
その墓の一つの隣には「姉歯」さんの墓が。まさかねぇ…と話していて「あの有名な姉歯元一級建築士と姉歯武之進とは違うのよ」とおばあ様が話してた時、やはり偶然姉歯さんのお墓にお参りにいらした方がいらして、色々お話をお伺いすると、どうも姉歯武之進の子孫の家系の方のお墓かもしれない…という事に…世間って広いのか狭いのか…。