今、サイト関係で影でコソコソと作っているのが「史料で見る戊辰戦争」という、史料を元に時系列毎に戊辰戦争を追うページ。
日記みたいに、日にち毎に色々な文献史料をUPして、日記のように同ページ内に表記する事によって、どの戦いとどの戦いが同時進行しているのかが解りやすいようにしようという目論みだったのですが…考えが甘かったようで、本当に大変。
古典文章って、文体表記が特殊だったり、漢文調だったり、旧字を使っていたり…。辞書やIMEパットの手書き検索がお友達。
でも、作っていると、今まで見えてこなかった事実や疑問が見えてくるので、結構面白い…がツライ…。
今日も新潟の片貝で戦いがあったのは知っていたが、白河の戦いの直後の5月3日ってイメージは無かったし、『慶応兵謀秘録』を捲っていて、5月3日の欄に会津藩家老原田対馬が慰労に来て酒肴を賜ったとの記述があり(実際に5月3日の事かどうかは不明)、閏4月下旬にもどうやら新潟口から萱野権兵衛が慰労に来ているらしい。一瞬同一の話かと思いきや、亜樹さんに確認すると萱野権兵衛のは日光口で、原田対馬のは那須口の兵についての話らしい…この兵謀秘録については日光口と那須口がごっちゃになって記述されているらしい…解りにくいなぁ…。
って事で、先が見えないので、とりあえずまた中断で、また別ページの更新(苦笑)とりあえず、いつの間にかデットリンクになっていた「蝦夷地と会津」のページを再度UP。どうしても、最近行ったばかりの丹羽村の記述が多くなってしまった…。