20070714_3 佛向寺の吉田大八墓へ行ってから、『天童市立旧東村山郡役所資料館』へ。レトロな建物で素敵な資料館。明治12年築の建物で、西洋風ながら、やっぱり日本20070714_4 人が作ったモノらしく、所々に日本風の技法などが見られます。(日光の金谷ホテルや、箱根の富士屋ホテルっぽい)吉田大八関係や戊辰関係の資料を見て、見落とした 吉田大八の碑を探しに、健勲神社へにある護国神社へ。

20070714_5 その後、護国神社を後にして、寒河江に向かう。その途中、最上川沿いにある館林藩士 の戦死墓へ行き、寒河江市に入ってから「吉亭」という蕎麦屋で、山形名物「冷やしラーメン」を初めて食べました☆☆☆メチャメチャうまっ!ラー油が入っててピリ辛で美味しいvv

20070714_6 その後、長岡山に行き、長岡民生局跡碑を見て、古戦場碑をの場所を聞くついでに「旧西村山郡役所資料館」に行く。中を見てビックリ。「西村山郡長」には、意外にも有名どころ満載で、会津藩士「海老名季昌(郡治)」や庄内藩士「長沢惟和」などがなってました。

2時半になったので、「陽春院」へ。寒河江は幕末には桑名藩の飛び地だった場所で、この陽春院には、桑名藩士等19名の墓所があります。数年前にその墓所が道路拡張で移動する為掘り返した時、19名の遺骨が発見され、その遺族が持ち帰った遺骨以外が、現在もこの寺にて保存されて供養されていて、御縁あって、その遺骨や遺品を見せていただく事
最初にボタンやバックルなどを拝見。少し錆びてはいましたが、当時のままの形で残されていました。また黒いラシ20070714_7 ャや絹の生地も出てきました。軍服などの生地だったのか…。
さらに出て来たのは、遠目に一瞬「胡桃?」と思ったら、『歯』でした。しかも、歯根もしっかりした虫歯一つ無い立派な青年の歯が小さな箱いっぱい。犬歯もあれば、奥歯もあり、本当に若い20歳前後の青年が実在したんだと思うと背筋が寒くなりました。
それから、位牌に線香を上げた後、裏に廻って長櫃に入った遺骨を見せて頂きました。大腿骨や、刀ですっぱりと切られた跡の残る頭蓋骨。かなりの衝撃でした。史料の上だけの出来事でなく、実際に起こった事で、罪も無いたくさんの人々が無くなったんだと実感。