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世情いろいろ

日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

 

 最近の京都御所の参観は

春、秋だけでなく、通年のように行われていた。

 

 今年は悪疫の流行で

4月初めから休止していたが

 5月23日から、安全策をとりながら再開を始めた

 

一昨日は、連休の初日スタートと紅葉の頃と重なり

ここ京都御所にも、多くの人が訪れていた。

朝9時前の開門だが、行列が出来ていた。

 

 

 入り口になる清所門前では

熱の測定と、所持物の点検があり

 拝観がゴー。

いつものように、御車寄せの前を通って諸太夫の間へ。

 

 

 参内したした、公家や将軍家の控えの間。

身分に応じて部屋が決まっていたという。

それは、虎の間、鶴の間、桜の間。

 襖絵にちなんだ呼ばれ方だそうである。

 

 

 

 

 それぞれ狩野派の人が描いている。

 

 

葵祭にも、使われる牛車(ぎっしゃ)が展示されている。

 

大正天皇の即位式に使用されたという。

 新車寄せの建物である。

 

 

 

 前方に、大文字山が小さく見える。

 

 

京都御所は明治維新まで

天皇のお住まいであった。そのむかしは

内裏(だいり)と呼ばれた。

 

その始まりは延暦13年(794年)に

長岡京から、京都に都が移されからだ。

 

 元弘元年(1331年)に、南北朝の争いが終結。

光厳天皇が現在の御所で、即位して以来

明治2年に明治天皇が東京に移られるまで

 約500年間、天皇の住まいとして使用されてきた。

 

しかし、その間、幾度も火災に遭いその都度

 再建が行われた。豊臣秀吉や徳川幕府による

造営によって、前より半分以上の敷地が増えたそうである。

 

 

 御所の中止心的な建物の

紫宸殿に入る手前の広場に

 モミジの木が集まった所があり

紅葉盛りの見栄えのいい、景色を拝見せてもらった。

 

 

 

右近の桜、左近の橘のある紫宸殿。

豪壮で優雅な建物。

 

 拝観の人が、多く集合する場所である。

紫宸殿前の庭には

 ビニールテープの通路が、幾重にも作られ

三密対策が取られていた。ななめになっているのでよく見えないが。

 

3年程前の紫宸殿の様子の

写真が残っていた。

 

 

 紫宸殿は、御所で最も格式が高い正殿。

平安時代の建築様式で建てられている。慶応4年(1868年)の

 「五箇条の聖文」の発布の舞台になっているという。

さらに、明治、大正、昭和の天皇の即位式は

この建物の中で行われた。

 

 

小御所と呼ばれる。

 鎌倉時代以降に、建てられた御殿。

 

江戸時代には、将軍や大名などのとの

対面や儀式の場として使用されたという。

 

 

 これは蹴鞠(けまり)の写真。

 

実際の庭も設けられていた。

 

 蹴鞠は革製の毬(まり)を

けり続ける、伝統協競技という。

 

 

 公家社会で、よく行われたそうだが

武家、庶民の間にも広まったという。

 

勝敗を争うのでなく、いかに相手が

 蹴りやすい状態に毬を運ぶのを

モットーにした、当時のスポーツだそうである。

 

 今のサッカーとは、ちょっと違うようです。

 

 

 順路に従ってきたが

御池庭と呼ばれる、回遊式庭園。

 

 

  御常御殿

豪華な襖絵が見事である。

 

 

 

 

 清涼殿は今、屋根の修理中。

そのひさしの部分が、説明、展示されていた。

 

 

 

  「宮廷文化の紹介」と題して、企画された

今年秋の京都御所の一般参観。

コロナ対応で見るのも大変、お世話の人も気を遣う。

 そんな思いがする、イベントのように思えた。

 

 春の桜とはまた違って

紅葉が見られての

秋の参観だった。