京都宇治にある平等院へ。この日は
日曜日とあり、大勢の人たちで入場への入り口には行列が出来ていた。
何度か訪れていたが、こんなのは初めて。内外の多くの観光客に加え
もみじの季節と、重なり合ったように思える。
さらに鳳凰堂への参観は2時間待ち。
前へ進む。
平等院は、嵐山と同じく景観と風光の
すぐれた場所で、中心地に宇治川が急流で流れる。
川のあるところには、歴史が作られる。
平等院は平安時代中期に
権勢を誇った藤原道長の別荘を
その息子の頼道によってお寺に
改めて、創建された。
平等院メインの鳳凰堂の前は、浄土式という借景庭園で
全体的に格好の配置になっているように思える。
鳳凰堂の中を見てみたい。
平安時代を代表する仏師定朝の作品とされる
本尊阿弥陀如来坐像などが
展示されている。
入場時のパンフから複写した。
鳳凰堂の屋上にはその名前の
由来となった鳳凰が、対となって金色に輝いている。
平等院がなぜつくられたのか。
平安時代にも、大火、大風、地震、疫病が
相次いで起ったそうである。また治安も崩れて
世相の不安が起きてきたという。
こうした事態に対応するために
藤原頼道が、仏教の欣求浄土への道を求めて
別荘を、寺院に作り替えたといわれる。
出来た当時は、鳳凰堂をはじめ、金堂、講堂、五重塔、三重塔、宝蔵、法華堂など
多数の建物があったそうで、宇治の河畔はまるで
この世の浄土といわれたとのこと。
しかし、兵火に度々、見舞われ今は鳳凰堂だけに
なってしまったという。
平等院はもみじの木が多くて
その紅葉がきれいだ。
ちなみに、平等院の創立の立役者の
藤原頼道の位は関白。
関白は時の帝王を補佐して
政務を取り扱う重職。
時代は変わって、普通の人でも「亭主関白」
といわれた時があった。
今は、そんな事が通用する時代ではもちろんないが参考まで(?)。









