平安時代の外国使節迎える鴻臚館 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

 

 今、国際化の時代を迎えグローバル化が

普通になっているこの頃。

 

 時代をさかのぼり、奈良時代、平安時代に

日本の友好国だった、「渤海国」という使節団を招いて

交流する施設があった。

 

 それは鴻臚館と呼ばれた。置かれていた場所は

京都、大宰府、難波、博多。

 

 京都には、現在のJR丹波口駅近くの京都卸売市場付近に二つ置かれていた。

そのひとつが島原にある東鴻臚館。そのあとを記す

石碑などが置かれている、

 

 

 渤海国というのは、7世紀から10世紀にかけて

むかしの満州から朝鮮半島北部、ロシア沿岸部に

存在した国。

 

 もともと、日本と中国や朝鮮半島の国々との交流、往来は

歴史的には盛んに行われていた。ただ、紛争の時期もあったが。

 

 平安時代の朝廷は、渤海からの客を大いに

歓迎したとされる。天皇との接見、貴族との交流のほか、楽器演奏、詩文の交歓が

行われていたという。

 

この鴻臚館の敷地は南北250メートル

東西121メートルといわれる。

 

 渤海国は今はない。なぜ当時の日本と友好関係にあったのかは

よく分からないが、多分貿易の意味合いがあったものと推察される。

 

 東鴻臚館跡のある付近の街角。

当時、交流のあったことが忘れ去られたように

思われる感じ。記念碑を見て当時を思い浮かべ

考えるしかない。

 

京都の東鴻臚館跡に

京都ゆかりの俳人蕪村の一句が残されている。

 

  「白梅や墨芳しき鴻臚館」

 

  東鴻臚館跡の所在地 京都市下京区西新屋敷揚屋町