京都・同志社女子大学に公家邸の跡 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

 

 京都の今出川通りを挟んで、南側が京都御所。

北側は同志社大学、同志社女子大学のキャンパスが広がる。

 

この女子大の通りの一角に

 御覧のような石碑が見える。

 

 公家の二条家邸宅跡である。

2007年の発掘調査で、右側の石が出土。

こうした結果などから判明したという。

 

 公家の二条家は、藤原家を源流とする五摂家のひとつ。

耳慣れない言語ビックリマークだが、五摂家とは「近衛、九条、二条、一条、

鷹司」のことをいう。

 

 

 学校の国語、社会、歴史等で、よく現れる名前のように思えるが。

 

 

 

 写真の左側は、今出川通り。右手が、同志社女子大の入り口。

そこに碑が見える。

 

 公家とは。当時の朝廷に仕える貴族であり

今でいう高級官僚。

 

 二条家は、鎌倉時代の九条道家の二男 だった二条良家が

富小路の邸宅を二条殿としたのが家名の始まり。

 

以後、時の政変などで二条家、断絶の時期もあったとのこと。

 

 こうした時代を超えて、新しい天皇の即位式に灌頂という

セレモニーを授ける役目を、二条家が担ったそうである。

これは室町時代から始まり、明治維新まで続いたそうである。

 

 新天皇が誕生し、即位式は、今年5月の令和の元号改変時代に

行われたのはご存じの通りだ。

 

 キャンパス前の碑は、今年以前につくられたもので

どこか歴史みたいなものを感じる。

 

 

二条家はもともと、御所南側に居を構えていて

その後、遺跡の見つかった現在の場所に移ったという。

 

 当時の二条家の茶室は、同志社大学に移されているそうである。

また、二条家の御殿と表門は

京都山科の随心院に移されているとのこと。

 

 随心院といえば、梅の名所で有名だが

あの美人歌人である、小野小町ゆかりのお寺でもある。

 

 女子大と小町の点と線が、どこかで結ばれているのか?。

しかし、正確には、土地につながる縁のように思えるが。

 

 

 話は変わるが、同志社大学の新しい学長に

女性の植木朝子(52)が決まった事が先頃に

報道された。文学部教授で、中世の梁塵秘抄などに

お詳しいとのこと。京都の「都をどり」にも関わっておられるそうである。

 

 これは関西六大学の事だが、東京六大学では法政大学の総長が

田中優子さん。和服姿が有名ですね。