
今年は明治になってから、150年の節目を迎えている。
明治初期の軍人、政治家の山縣有朋(やまがたありとも)の
別荘であった京都・東山区の南禅寺に近い無鄰菴(むりんあん)の
紅葉が秋の日差しをあびている。
東山三十六峰の山を借景にして、びわ湖疎水の水を引いた
純日本風の庭園である。

西暦1868年に明治と改元され、今年は丁度150年の歳月を
経過したことになる。
この年に、「鳥羽伏見の戦い」の内戦があり
最後の徳川将軍慶喜が追放され、新しい政府が樹立される。
そして首都が、京都から東京に移り新しい歴史の幕開けを迎える。

いかめしいイメージのある山縣有朋がこうした優雅な
庭園をつくり楽しんだ心のうちは、よくわからないが
興味ある出来事ともとれる。

この庭園に入る、玄関口の質素な母屋のたたずまい。

庭の小川の流れに映る紅葉の様子。

見上げると、秋空に飛行機雲みたいな光景が見に入る。

無鄰菴の入り口。
ここには、洋館もありこの場所で日露戦争への外交方針を決める
会談が行われ、山縣,、伊藤博文、桂太郎、小林寿太郎が参加している。
「無鄰菴会議」といわれている。
庭園は、山縣がアイデアを出し七代目小川治兵衛が作庭し
現在は名園として、国の名勝に指定されいるそうである。