そごう神戸店の行方 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 神戸の玄関口であり、三宮を代表する顔だった

「そごう神戸店」の名前が、来年10月から「神戸阪急」に変更される。

 とてもややこしい、ネーミングの変わりようである。

そもそも、今の「そごう」の下には阪神電車が走っている。

 そのすぐ山側には、阪急電鉄が走っており

今回のネーミング変更は、”場違い”の感のある戸惑いが隠せない。

 変えるなら、「神戸阪神」が妥当では思う。

この背景には、阪急グループの電鉄と百貨店の思惑が

 絡んだ結果といえよう。

阪急電車、阪神電車、阪急百貨店、阪神百貨店の

 統合された株式組織の所以が機縁となったいえる。

つまり、阪急グループが事業運営の主導権を握っている経営戦略の一環といえよう。


 思い返せば、あの「ホリエモン」が株式市場で活躍した頃に

村上某さんが阪神グループの乗っ取りを計画し、阪神側が阪急に救いを求めてきた

 いきさつがあり、阪急阪神の統合はこうした過去の結果でもある。

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 SOGO(そごう)のロゴマークで親しまれたデパートは

昭和8年(1993)に三宮に進出して以来、その歴史の名を来年に消す。

 上の写真は、最近配布されたチラシで記念にカメラに収めた。


阪急電車の三宮駅のすぐ横には、いま阪急関係の高層ビルが

 建造中で完成すると、三宮周辺の街の様子が

大きく変貌することになる。

 神戸のそごう、阪急電車の建物はあの阪神大震災で

大きく損壊した経緯があり、その経過を踏まえ

 いま、三宮の顔は大きく変わりつつあるように思える。

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 この写真は阪急京都線の電車。

かつて、京都線の終着駅の河原町四条には阪急百貨店があった。


いま「マルイ]が経営を続けている。なぜ、阪急が撤退したのか。

 この向かいには、高島屋が戦前から営業をしており

この競争に敗れたのではの印象を持っている。


 大阪・心斎橋には「大丸」と「そごう」が背を並べ

商戦を競い合った光景が今も思い出される。

 そごうは過剰投資などが原因して、その姿はなくなっている。

業界関係などの、複雑な多様化を反映した結末といえばそれまでだが。

 思えば、高度成長期の流通の旗手だったダイエーも消えて

栄華盛衰の感はぬぐえない。ダイエーは神戸で幅を利かせて時期がある。

 創業者の中内功氏が、経団連の副会長を務めていた頃である。


 さて、長年大都市の中心地の顔でありランドマーク的存在だった

店舗のネーミングを経営戦略だけで変更するのは

 商売一転張りの思惑が垣間見られれて、どうしたものかと考えさせられる。

名前の背後にあるフアクターには、いろいろあり

 文化の一面を持っていることも事実だ。

単に、ノスタルジーだけの感覚でとらえていいものかどうか?