
「ヒラドツツジとお茶」とは、どんな脈絡があるのかと
思うが、歴史的な事実がある。
ヒラドツツジは今が盛りで、全国的に庭木、公園木として
親しまれているが。
この名前の由来は、長崎県平戸市で古くから栽培されてきたことによるとのこと。
江戸幕府の鎖国政策で、外国との貿易や交流が禁止されていたが
例外的に、平戸は中国、オランダなどには門戸を開けられていた。
歌にもあるように、立春から八十八夜は「茶摘み」の季節。
このお茶が、平戸からオランダやイギリスに輸出されていた。
1610年の頃だそうである。(イギリスの輸入はこれより59年後)。
この頃から、ヨーロッパにお茶が登場することになる。(もともと、茶は中国の発明品)
この年は家康が名古屋城を築き、市街地を造成したと歴史年表に
記載されている。
もっとも、日本から輸出していたお茶は「緑茶」が主流。
その後、中国茶が多くなる。中国茶は緑茶と紅茶があり、紅茶の輸出が主流を占めるようになる。
ちなみに、原料は同じだが発酵作用を押さえたのが緑茶
発酵させると紅茶になるとのこと。イギリスのダージリンなどは紅茶の名品。

八十八夜の頃の茶摘み光景

長崎市には行ったことはあるが、平戸へはまだ。
一度、訪ねてみたいものだが。旧武家屋敷にはいっぱい
ヒラドツツジが植えられているそうである。
