
写真は大河内(揚水)発電所付近(兵庫)
鉄は「国家なり」と言われたのは戦前だったと思うが
富国強兵の時代を象徴し、九州の八幡製鉄所は
初めは官製で後日、民間に払い下げられ今の、新日鉄の
基礎になっている。
戦後は”電力が国家なり”の言葉がマッチするようである。
今、問題になっている福井の大飯原発の再稼働は
原発発電だけでなく、水力発電といわれる揚水発電と
セットになっている事が、次第に明らかになってきた。
戦後の高度成長には電力が不可欠で、いわば国策として
産業経済を伸長させるため、電力を確保する必要があった。
原発問題には、こうした背景も視野に入れるべきだろう。

(大河内発電所の見学館)
揚水発電は、夜間に余った電力を利用してダムの水を
くみ上げて、電力需要の多い昼間に発電する仕組みになっている。
この時に使われるのが夜間の原発の電力である。
大飯原発が再稼働と揚水発電が重なれば
関西電力管内の夏場の電力が確保されると、今日の政府の会合で明らかにされた。

(大河内発電所のダム)
実は原発の電力と揚水発電がセットになっているのが
兵庫県の神河町の大河内発電所と朝来市の奥多々良木発電所であると
言われている。
大河内発電所は最大出力128万キロワット、奥多々良木発電所は193万キロワット。
この二つをあわせて、約320万キロワットである。
大飯原発の3,4号機は236万キロワット。セット分の合計は556万キロワットになる。
なぜ、関電と政府が大飯原発の再稼働にこだわる理由が
多分、判明すわけである。
マスコミではこうしたシステムの事実の報道がなく
また、政府の関係者も最近まで知らなかったということであれば
原発事故後の電力事情の対応は、ちょっとしんどいと言わざるを得ない。
昨日、きょうになって明るみに出た感じだ。
揚力発電が行われている大河内発電所は一般に公開され
見学館もあり、少人数でもマイクロバスで地下280メートルにある
発電所まで案内してくれる。

(地下発電所へ向かうバス)

(地下発電所の機械の一部)

(カメラのピンが甘くわかり辛いが、発電機の見取り図)
福島の原発事故前までは、日本の原発売り込みに
政府要人が動きを見せたが、現在は”稼働停止”の様子。
戦前は、日本でも原爆開発の動きもあり
ノーベル賞を受賞した湯川秀樹元京大教授など当時の原子物理学者が
動員されたそうである。今はあまり言われなくなったが以前は
一般的な話だった。しかし、戦後の湯川教授は原爆反対の立場にあり
その運動にも携わったようである。

(大河内発電所のダム)
原発が止まれば、日本の電力事情が厳しくなるのは事実だが
次世代の電力開発が急がれる所以だ。
世界に冠たる日本の原子力関係のレベルは、自慢のひとつ。だが
原子力の平和利用は、原爆だけを対象にしていたが
原発も往年の役目を終えた感がする。
よもや、日本の原子力技術が戦力の核抑止力に
なってはいまいと考えるが。
後になったが、奥多々良木発電所の黒川ダムは多目的として
姫路など市川流域の市町の上水道、工業用水として利用されている。