
作家瀬戸内寂聴さんのエッセイ「京のみち」の最後の
解説の書き手が画家、イラストレーターの横尾忠則さんである。
このコンビは私が、初めてだけにおやっと思ったが、内容が面白い。
ちょっと、その横尾さんの解説を紹介してみたい。
横尾さんは相手の人間性を識るために
非合理的な話を持ち出して、それに関心を示すかどうかで
相手の判断基準にしていたそうである。瀬戸内さんは
真面目に聞いてもらえたと安心したと。
寂庵から望む東山に満月が出て
「今満月を見てる?王朝時代の月みたいでしょう」と電話がかかってきた。
横尾さんは東京は曇っていて月の影さえみないと。
横尾さん曰く。瀬戸内さんは感動したものに触れるとその気持ちを
共有したいそうである。
瀬戸内さんと横尾さんは外国や国内の旅行を共にし
また、ゴルフ仲間、ロックコンサートや宝塚歌劇なども
一緒にしたりする間柄と横尾さんは書いている。
横尾さんが京都のホテルで倒れ入院する羽目に。
翌日、瀬戸内さんに連絡するとするとえらい叱られたとのこと。
「私はあなたの母親でしょう。どうしてすぐ電話をしてこないのよ」と。
嬉しいほどの剣幕だったという。
ちなみに、瀬戸内さんは現在80歳後半、横尾さんは74歳。
「瀬戸内さんの元気で長生きの秘訣は旺盛な好奇心であろう。
元気という名の病気だと自認しておられる瀬戸内さんには
肉体年齢では計れない超越した仏のパワーが後ろだてにしているように思う」と。
「仏教徒は禁欲主義を標榜するが、快楽主義と禁欲主義という極端から
極端はコインの裏表である。さらに
「禁欲主義者の仏教徒がもし瀬戸内さんの快楽主義を批判するなら
彼は仏教の何たるかが人間の深層で理解できていないということだ」と。
「だから反仏教であることこそ仏教の本来の意味で
仏教の究極は遊びであるとぼくは思う」と。
ここからのフレーズがすごい。
「もし人生に目的があるとすればそれは遊びである」と、おっしゃる。
かつて、遊びを礼賛した?本に、「遊びと人間」(R・カイヨワ著)があり評判を呼んだ。
確かに遊びは文化を生み出す源泉でもあるのだろう。
横尾さんは西脇市(兵庫)出身。
西脇方面に向かうJR加古川線の列車は
ラッピングカーで横尾さんのイラスストが使われている。
初めの写真はその列車である。
下の写真は、瀬戸内さんの本の表紙(平凡社ライブラリー)。
