
松の緑というと、単にその意味ではなく
本当は「松の新芽」という意味が含まれている。
また、緑は草木の新芽を指す。2番目にはみどりいろである。
米オバマ大統領の環境対策であるニューグリーン政策の
グリーンもこんな意味が含まれているのかもしれない。
赤ん坊を「みどり児」というのは
お尻に緑の蒙古班があるからでなく
生まれたてだという意味である。
さらには、「みどりなす黒髪」は
若いつやつやした髪という意味である。
(最近はなぜか、男女とも茶髪の人が多いが)。
みどりに関連して今朝の新聞(毎日)に、おもしろい記事が出ていた。
明治維新の烽火をあげた、幕末の吉田松陰は
妹の千代にあてた手紙の中で
めでたいの「め」は「芽」を意味するとしているそうである。
冬至が過ぎて日ごとに、「陽気(はるのき)」が増し
草木が芽を出す季節に向かっていくいく。
新年を迎えた人の心も洗われたように、仁愛や慈悲が出てきて
それが「めでたい」のだそうである。
マナーデザイナーの岩下宣子さんという方が
書かれている。
お正月はむかしは、15日まであり
「小正月」ともいわれた。
しかし、最近は7日までで(むかしは七日正月)で
翌日からは「松がとれる」ように
変わってきているようである。
スピードの時代の短縮化の流れを汲んでいるのだろう。
時の流れも変わっていく。
それにしても、「政治と金の問題」は
依然として、チェンジしないで松がとれない。
これはひょっとすると歴史に連綿として続く
ネセサリーイブル(必要悪)なのかの感がする。