





遠くに望める姫路城。
その優美な姿から、しらさぎ城(白鷺城)とも呼ばれる。
また、浄瑠璃などの「播州皿屋敷」の舞台にもなり
お家騒動に絡んだ話から、こわごわと皿の数を1枚、2枚と言われた事も
かつて、あつたが今は言われなくなったように思う。
今は亡き、戸谷松司姫路市長は就任後
姫路市内の整備や播磨地域の経済開発の取り組みに
あたった。特に姫路駅前から
城に向かう、大手前通の電柱の地中化を実現させ
ストリートをすっきりさせた事は、当時話題を呼んだようだ。
また、姫路に大学をと、獨協大学を誘致した経緯もあった。
時代は変わり、全国に先駆け姫路城は
世界遺産に登録され、熱い視線を浴びる事になり
今は観光、見学の姿が後を絶たない。
そんな姫路城も、来年から平成の大修理が
行われると最近、報道された。
しばらくは、姫路城の桜は見る事ができないのかと
思いつつ足を運んだ。
幾度も訪れているが、毎年桜の木が大きくなり
立派になってきているのが、実感させられる。
かつては、季節にひっそりと賑やかに
花見をする風景がよく見られたが
今は雄大な城をバックにした、「桜の園」の様子。
姫路城はもと赤松氏の重臣小寺氏の居城。
その後、天正年間に豊臣秀吉の居城になる。
関が原の戦いの後は、池田輝政が改築し現在の城になる。
外観は五層、内部六層の大天守。今で言う都市の高層建築の先駆けか。
外壁などが白亜で塗り込められ、白鷺城にふさわしい風貌。
日本の誇る代表建築の一つに数えられている。
余談だが、全国の城はもともと軍事用に作られたが
京都の二条城は徳川家の別荘的存在。
いずれも城に、堀がめぐらされており
当時は、これで敵前上陸阻止の一定の目的を果たせたが
今はミサイルの時代。軍事上の意味合いは
すっかり、変わってきた。