









つつまれた奈良の「山の辺の道」。
前回の続き。
奈良市と桜井市を結ぶ延長26キロの
7世紀の頃に作られた古代の重要路。
当時の言葉では、官道に該当する道。
今はのどかに周囲の寺社や伝説、自然を
訪ねる、ハイク道に変わっている。
三輪山平等寺は聖徳太子の建立といわれる。
その後、鎌倉初期に建て替えられ
今は、心を耕す寺として親しまれているそうである。
途中には古墳が多い。写真は景行天皇陵。
石の鳥居は相撲神社。
国技である相撲の発祥地の由緒を持つ。
垂仁天皇の時、土地の力持ちと出雲の人が
天皇の前で相撲をとった、エピソードがそのルーツ。
日本書紀に出てくると。神社の境内はモミジが
真っ赤に紅葉していた。
山の辺の道は、大和青垣国定公園にあり
途中からは遠く、奈良盆地が望まれる。
付近の景観が、山々の青垣に囲まれている様子から
その名前がつけられたとの事。
青垣に、歌垣の言葉がある。
歌垣というのは、古代に山の辺の道の辻で
若い男女が、春秋に歌のかけあいの場に
していたとその意味が、パンフに書かれている。
そんな古代に思いをはせ歩いていると
日がすぐに暮れる。実際は桜井市から
天理市の石上神宮までの11キロを
歩いた。
まだ、載せたい記事や写真はあるが
この辺でエンドに。