







所在地は西吉野の奈良・五条市。
北曽木の丘陵の麓から山腹にかけて
2万本の梅がおおい尽くす。
まるで梅の雲海のような感じで、スケールは大きい。
今、ほぼ満開に近い。
賀生名の歴史は古い。
南北朝時代にさかのぼる。この時代に、ここに南朝の
皇居が置かれていた。
時の後村上天皇が南朝が正統でありたいと
「叶名生」(かなう)と名付ける。その後の「情勢変化で
願いがかない、めでたい事から賀生名となる。
初めは「かなう」と呼んでいたが
明治以降、「あのう」に統一されたいきさつがあるとの事。
ここの梅園は観賞用でなく、実を取り入れる事を
主な目的にしている。
このせいか、白や薄いピンクの梅の色が多い。
都心部から遠い場所にあり、手軽に行けないが
自然にあふれ歴史の趣を感じさせる、雄大な楽園の感じ。
時節柄、梅の賀生名か桜の吉野かを思わせる。