



通称、移民センターといわれた
建物がある。正式には「旧神戸移住センター」。
ここには、今はあまり話題にされなくなった
移民に関する資料が整えられている。
日本からの移民といえばハワイを中心とするアメリカ
ブラジルが主だったところだが、来年は
ブラジル日系移民100周年を迎える。
いわゆる日本からの移民は明治から始まり
約100万人が海外移住し、そのうち約25万人が
神戸から送り出されている。
その移民斡旋の中心になったのが、旧神戸移住センター。
昭和3年(1928)に、国立海外移民収容所として開設。
これ以前にも斡旋施設は、神戸に設けられていたが
本格的な移民導入教育の拠点はここになる。
ブラジルへの移民を載せて、活躍したのが「笠戸丸」(6000総トン)。
スピードは速くないが、長距離航海に優れていたらしい。
1000人の収容能力があった。
もともと、笠戸丸は日露戦争で爆沈されたのを引き上げ
移民船となった経緯がある。その後、漁業関係の
船になり、第二次大戦中にカムチャッカ沖で爆沈されという
数奇な運命をたどる船だ。
移民は日本の高度成長期まで行われており
旧移住センターは昭和46年(1971)に閉鎖される。
往年の移民の悲惨さを描いて、芥川賞の受賞作になった
石川達三の小説の舞台にもなった場所。
今は日本の少子化社会の対策として海外からの
移民の事も、関係先で検討されているようだが
時代の移り変わりを感じさせる船と建物だ。
話のニュアンスは異なるが、プロ野球の名プレーヤーの
海外移住が頻繁になり、喜んでいいのかどうか。
難しいところだ。
※ 笠戸丸は神戸港の出航時。船は旧神戸移住センターで撮影。