





「はァないりまへんかァ」
かって、京都の町にこんな声を
響かせながらの花売りの行商が見られた。
白川女(しらかわめ)といわれる女性達だ。
比叡山の麓あたりにあり、瓜生山を中心にした
北白川一帯は肥沃な土地柄で、むかしから
草花がよく育ったといわれた。
白川女の花売りはこんな理由から
発祥しているようだ。
平安京の時代は加茂川の氾濫が繰り返され
台地になっている北白川に当時の貴族が
住まいを構えた。
そんなひとりの参議宮内卿三善清行が
この里の花々の見事さに心を奪われ
宮中に花を献上することを考える。
これを聞いた里人も娘たちを集め
美しい装いに身を包み、切りたての草花を
頭上にのせて列をつくり、御所に届けたのが
白川女の始まりと伝えられる。
「~花の色の余りにあざやかなためにだまされるように
私はつい何本かの花を買う。そしてそんなささいなことにも
京のみやこの優美さをつくづくうれしく思うのである」
京都ゆかりの学者である河上肇の「自叙伝」の一節だ。
平安朝の時代からも歌によく詠まれている。
「春といへばさえゆく風に立つ浪の
花にうづめる白川の里」 定家
どこか優雅で、独特のスタイルの白川女の姿は
今は見ることはできない。終戦まもない頃までは
京都の市民に、白川女の清楚さが親しまれる時代が
あったようだ。
そのむかし、流行歌の「東京の花売り娘」が大ヒット。
京都の花売り娘は、白川女だったようにも考えられる。
花が愛されたのか、花売り娘が愛されたのか。
今の時世ではよく分からない。
白川は祇園新橋界わいを、北から静かに流れて鴨川に注いでいる。
参考 京都故事物語(奈良本辰也編 河出文庫)
京都 (林屋辰三郎著 岩波新書)
写真 今秋の時代祭。川は祇園新橋付近の白川。モノクロは参考書から。