





総じて、ちょっと狭いようだ。
あまり幅が広くては情緒、風情が
失われるきらいが、あるようにも思える。
鴨川と大和大路にはさまれた
四條通の南にある宮川町。
歴史を探ると、豊臣秀吉が家康の
誤解を生み豊臣家を没落させるきっかけを
つくった方広寺や、伏見城を建設したことに始まる。
宮川町はこれらより北に位置する。
これによって、大和大路付近は往来が頻繁になり
江戸時代の寛文6年に宮川通ができる。
その後、鴨川の整備と平行して町並みが整い
茶屋町として発展してくる。
今も、その雰囲気は存分に残され
京都らしさを感じられる場所だ。