



あの白川法皇の有名なエピソードに
自分の思い通りにならないものの一つに
氾濫を繰り返す、鴨川の水をあげている。
白川法皇にはまた、双六のサイの目と
比叡山の僧兵が、ままならぬものであった。
今で例えれば、米大統領のアフガン、イラク政策と
相通じるようにも思える。
春から夏にかけての鴨川は、夕涼みのカップルなどが整備された川床を
散策する風景が普段になっている。
話は戻るが、歴史的には鴨川の河原は罪人の処刑場として
利用され、多くの人の断末魔の悲鳴がなり響いたといわれる。
幕末の動乱期の鴨川の河原は、暗殺と処刑が毎日のように続いた。
一方では、京の町は勤皇、佐幕の政争の中心地として、その真実ドラマが展開されていった。
新撰組の近藤勇、長州の桂小五郎、土佐の坂本龍馬などにまつわる
逸話、史跡が鴨川のほとりに数多く残されている。
ところで、きのうの鴨川は、夜に激しく降った夏の雨で
水かさが増し、水が赤く濁っていた。
下流では川の中の夏草が、水浸しとなっていたが
上流も同じく水の色を変えていた。
(はじめ3枚は七条大橋、後は三条大橋から)