江戸時代の京の食事 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

 今はグルメ、飽食の時代。

京都だけでなく全国津々浦々

 食い道楽の話は尽きない。

江戸時代の京都の食事について。

 「概ね朝は宵の飯、茶にてカユをたき

香のものばかり、昼は飯をたき菜の物を一品

 夕は又茶漬けにて香のものばかり、味噌汁は

月に2,3度位」と江戸の人が観察している。


 ちょっとオーバーな表現だが戦前までは

これに近い食事が続いたそうだ。

 京都は海に遠いという地理的条件があり

新鮮な魚が人々の口に入りにくかった。しかし

 土壌は良かったので野菜は豊富にあった。

加茂のなすびにすぐき、深泥ヶ池のじゅんさい、聖護院かぶら

 九条ねぎ、壬生菜、淀大根、六波羅えんどう、堀川のごぼう

紫野の辛大根、上鳥羽のくわいなどと多くある。

 したがって、京料理はこうした新鮮な野菜を中心につくられてきた。

精進料理、懐石料理、普茶料理である。

 又、終戦直後しばらくは京の町には漬物店が多く見られた。今もその名残が見られるが。

江戸の作家滝沢馬琴は「女などいにしへより美人多し、口に

 油気少なくきれいなゆえなるべし」と述べている。


京都の女性は昔からおのずと菜食主義の美容食によって

 育てられる運命にあった。昔の魅力的な女性の条件には

柳腰というのがあったのも合点がいく。

 もうひとつに、京女のもやしのようにしなやかにした環境は

京都の住居である。間口が狭く、奥行きが深く日差しが

 差し込む事はなかった。こんなところで野菜ばかり食べていれば

色が白くなり、体が細身になるのは当然といわざるを得ない。

 京美人のいわれはこんな所にもあるのかもしれない。加茂川の産湯の

水だけではない。


 これは、かなり以前の事柄で、昨今の京の市民は栄養満点、美味しいもが

ずらりと並んでいる。食べる事に生きがいを感じている人が多いのも全国共通。

 京の台所である錦市場の店頭に、旬のはもが夏の彩りを添える。