







「三尾」で知られる高雄の神護寺。
紅葉では天下一品の場所。
春の名残の桜をきのう、見てきた。
木の本数は少ないが、それだけゆったりと
観賞できる。
神護寺は弘法大師が中国の唐から帰朝後
入寺し、真言宗の教えの基を築いた所。その後、二度火災に
見舞われ寺は一時、衰退したが文覚上人によって再興された。
伝えによると文覚上人は再興に当たり、後白河法皇の
怒りに触れ、伊豆に流される。しかし同じく流されていた源頼朝と
知り合いになる。その後、頼朝の興隆により寺領の寄進を
受け寺の再興につなぐ。
一方では、文覚はもともと天皇の皇女に仕える北面の武士。
十八歳の時、同僚の源 渡(みなもとのわたる)の妻である
袈裟御前(けさごぜん)を色恋沙汰で、誤って殺し
人生の無常を感じて出家したといわれる。
昔は出家して仏門に入ると、治外法権的に
罪を問われない事があったらしい。
寺には坐像、立像の国宝がある他、日本三大名鐘の
鐘などの文化遺産もある。神護寺は
市内中心部よりより高地にあり、境内の桜もまだ盛りのところも見られた。
また、ここでは晩秋に良くある時雨にも見舞われ、珍しく虹も見た。
帰る途中の道路沿いにも所々、満開の桜を見ることができた。
そして、遠くには薄い赤紫色の山つつじが、山肌を染めていた。
※資料参照 京都の旅(松本清張 樋口清之著 光文社文庫)など。