京洛ぶらり<神護寺を訪ねて・文覚上人の荒行、苦行>(41) | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 高雄(尾)、槙尾(まきのお)、栂尾(とがのお)の

「三尾」で知られる高雄の神護寺。

紅葉では天下一品の場所。

 春の名残の桜をきのう、見てきた。

木の本数は少ないが、それだけゆったりと

 観賞できる。

神護寺は弘法大師が中国の唐から帰朝後

 入寺し、真言宗の教えの基を築いた所。その後、二度火災に

見舞われ寺は一時、衰退したが文覚上人によって再興された。

 伝えによると文覚上人は再興に当たり、後白河法皇の

怒りに触れ、伊豆に流される。しかし同じく流されていた源頼朝と

 知り合いになる。その後、頼朝の興隆により寺領の寄進を

受け寺の再興につなぐ。

 一方では、文覚はもともと天皇の皇女に仕える北面の武士。

十八歳の時、同僚の源 渡(みなもとのわたる)の妻である

 袈裟御前(けさごぜん)を色恋沙汰で、誤って殺し

人生の無常を感じて出家したといわれる。

 昔は出家して仏門に入ると、治外法権的に

罪を問われない事があったらしい。

 寺には坐像、立像の国宝がある他、日本三大名鐘の

鐘などの文化遺産もある。神護寺は

 市内中心部よりより高地にあり、境内の桜もまだ盛りのところも見られた。

また、ここでは晩秋に良くある時雨にも見舞われ、珍しく虹も見た。

帰る途中の道路沿いにも所々、満開の桜を見ることができた。

 そして、遠くには薄い赤紫色の山つつじが、山肌を染めていた。

※資料参照   京都の旅(松本清張 樋口清之著 光文社文庫)など。