情報化社会の進展は日常生活を飛躍的に便利にする反面、
ネガティブな事象を輩出しやすい。テレビ番組制作の流れはハード、ソフトの
両面にわたって、この情報化と不可分の関係にあるといえよう。
民間テレビ放送の初期の時代は、番組編成や各番組の中身が割合、
シンプルだった。しかし全国に多くの放送局が誕生し出して以来、東京キー局を
頂点に視聴率競争が激化。テレビ企業の存続と繁栄をかけた理念が先行しだした。
放送局は会社のもの、株主のもの、従業員のものといった一般企業並みの
ランクに落ち下がったのではないか。勿論、一般企業にも社会的意義の
存在は当然だ。なによりも放送局には、公共性の高さが求められるのは
自他共に認めざるを得ないところである。
放送局とその番組をチェックする機能としては総務省の放送の免許許認
作業がある。しかしこれも免許取り下げが行われた例はない。裏返せば特に
悪いところがなかつたという事だろう。
もうひとつは、放送法に基づいた各局に設けられた番組審議会がある。
各局のホームページで公開が行われている。今月8日に行われた関テレの番組審議会の
議事録によれば「あるある…」番組のねつ造問題が審議され、審議会として
憂慮のコメントが記載されている。しかし、ただ局側の諮問に応じて、意見を
述べるだけで、審議会としての権限には限界があるとも記るされている。
こうしたチェツク機能が、形式的に流れてはいないかという危惧は
考えすぎだろうか。下請の日本テレワークはフジテレビの資本下にあり
いわば子会社ではないか。
放送とりわけテレビ企業が肥大化するにつれ、不祥事が比例して起きている。
中央官庁の指導を待つまでもなく、放送の業界が自浄能力を出し、放送は誰のもであるか
というテーマに応えてほしいものだ。