こんばんは今日は学校の掃除をして帰りましただれかです



学校でのとある彼女の自虐ネタは素晴らしかったと思います



中村式、日笠式につづく多段墓穴掘削法だと思います



芸術の域でしたよ、えぇ



K式多段墓穴掘削法とでも名付けておきましょうか



まぁそんなことは置いといて



今日は日本が戦争に負けてから65年と1日目になりました




一応確認ですけど、日本って戦争に負けたんだからね


アメリカにはソ連の脅威があったから日本をうまいこと懐柔してコントロールしただけであって
ほんとは搾り取るだけ搾り取られて、今は搾りカスみたいになってても全然おかしくないくらいの出来事



まぁで、何が言いたいかというと日本はどうして原爆のことしか言わないのかということ



もう少し幅を持たせた言い方をしたら


どうして日本のメディアは日本ってかわいそう


としか言わないのかということ




映画もドラマも大抵

日本かわいそう


みたいな落ちでおわる



確かに戦争の悲惨さを伝えるという点からみたらあながち間違いじゃないのかもしれないけど


戦争についての正しい伝え方ではないと思う




第2次世界大戦というとたいていの日本人はヒロシマナガサキゲンバク



アメリカ人ならパールハーバー




どっちとも自分が受けた被害の方を真っ先に口に出す



リメンバーパールハーバーという言葉の重さは当然僕も含めて、今の日本人には到底理解できないことだと思う



ゲンバクという言葉の重さはアメリカ人には到底理解できないことだと思う





第2次世界大戦中のアメリカの合言葉はリメンバーパールハーバーでした


アメリカにとって日本の奇襲はそれくらいに大変な憎しみをもたらすものだったように感じられます


戦後来日したアメリカ人の歯科医は東条英機の義歯の裏にモールス信号で「リメンバーパールハーバー」と刻んだと言われています



たぶん日本人はアメリカ人ほど真珠湾攻撃の残虐さを理解できていないんじゃないかと思います



なぜアメリカ人は真珠湾なのか


そもそも戦争にはルールがあります



笑っちゃう話ですが、ルールがあります



宣戦布告の前に攻撃しちゃいけない



というルールがあります




真珠湾攻撃と日本の宣戦布告について説明すると時系列の要り組んだ複雑な説明になるので省きます


途中を抜いて結果だけ端的に書けば


アメリカに正式に宣戦布告が通知されたのは真珠湾攻撃の第一波の直後だったということです




つまり日本の真珠湾攻撃は戦争の国際ルールに違反しているのです



2次大戦はそんなところから武力衝突が始まったんです




日本人はアメリカに原爆は非人道的だといいます


国際ルールに則らなかった日本は人道的なのでしょうか



アメリカの原爆も確かに国際ルールに触れてはいるかと思いますが、それを持ち出すのなら日本も結局は同じ


殺した人数の規模は違っても一般人を殺したという事実は変わらない


人の命はみんな同じ重さだって小学校で習った


まぁ命云々の件は自分で山ほど突っ込みたいけどそれは忘れて



さらに日本軍のやっていたデスマーチなどはどうなのかと聞きたい




ここで日本人がする言い訳は、すべてアメリカ人におうむ返しで返されて然りだと思う




アメリカに原爆の謝罪を要求する前に日本がいろいろやるべきだと思う



そもそも敗戦国だし

そもそも直接には日本がはじめた戦争だし



ちなみに開戦したのは東条英機だけど
この人はそもそも非開戦派で、軍のトップなら軍の暴走を止められるんじゃないかと首相にされた人

結局は軍の暴走を抑えられなかった人



松岡洋右とかも戦争をしたかったわけじゃない


ただ世の中にあった数多の正義のベクトルのほとんどが今現在の向きとはズレていたということ




だからちょっとしたことで今でも本当に戦争が始まってしまうらしい


直近では非核三原則の廃止や法制化など両極端な事態になってる


憲法9条の解釈改憲だってどこまで行くんだろうって感じ


個人的には核ではなく、トータルでの軍縮が必要だと思う


だって考えてみてくださいよ


65年たってこれだけ文明が発達して


未だに核兵器が最凶の兵器でいられますか?

僕は宇宙からレザーが降ってきても納得してしまいます

人工衛星とかって、そもそもそういう目的も無くはないし



まぁここら辺は本とか読めば書いてあること


当然僕が経験したことではない


ここからは僕が経験した戦争について



今からかれこれ6年くらい前

小6の時に僕はシンガポールにホームステイ行きました


世界三大がっかりのマーライオンが守り神の国です



シンガポールは本物のスコールが降ります


ばえさんが日本の突然の雨を鼻で笑っちゃうくらい、日本の夕立とかとは比べられないほどのスコールが来ます



まぁそんなことはどうでもいいんだけど

ある日、僕とホストマザーと1才年下のミッシェルはおじいちゃんの家に行きました



僕はあの時日本人である僕を見ていたおじいちゃんの目が忘れられません


冗談でも大袈裟でもなく


ずっと忘れることはないと思う


その時の目

その時の家の風景

その時の4人の立ち位置


その時の自分の気持ち

その時のおじいちゃんとお母さんが話してたこと

途中からそれが中国語に変わったこと


ぜんぶはっきりと覚えていますよ




シンガポールといったら日本軍が散々虐殺やらを繰り返した場所です


シンガポールには血債の塔という日本軍に、または日本の戦争に巻き込まれて殺された華僑の人々が、祀られているものがあります



シンガポールのおじいちゃんは当時戦後60年近くだったにもかかわらず、そんな時間の流れなど感じさせない目で僕を見ていました



それは戦争に巻き込まれ、望まぬ人生を強いられた人にしかできない目なんじゃないかと思います



普段はこんな綺麗事めいた表現は大嫌いだけど他に言い表しようがないほどの目でした




僕がシンガポールと第2次世界大戦について把握したのは帰国後でした



僕はその時感じました



日本は原爆ヒロシマナガサキ


としか言わないけど第2次世界大戦はそんなものだけじゃない


そんなことは日本のわがままみたいな言い分だ


もっともっと日本はやらなければいけないことがある


僕はもっと知らなければいけないと思いました





中国人や韓国人、アジア全域から日本人はそういう目で見られて当然だと思う


いつかもう一度ちゃんとシンガポールに行きたいと思ってます





65年も経ったんじゃない


65年しか経っていないんだ




この世から戦争という言葉の意味が消えることはなくても、戦争を経験した人がいずれいなくなる世界になるといいなと思います



願いません、祈りません



世界の片隅からでも僕は行動します










オチをつけようかと思ったけどやめます


それくらいけっこう真面目に書いてみました