風と雲 | 心の波

心の波

ネガティブでも
幸せ探して生きてます♪

 

 

 

今日は強い風が吹いています。

 

色も形も見えない風ですが

確実に冬を引き連れている

 

空っ風っぽいけど、、

正式で公式な発表がありませんので

その真相は分かりません。

 

時期的にも今後の寒さが増すのは

間違いない話しですが

 

何事も風が節目となる

この世は面白いものだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風は魂とか感情のように

形として見えません。

 

強風に煽られて転んだ時に

人は笑うか泣くしかないにしても

枝は靡いて揺れているので

風は存在しているはずなのです。

 

木々の葉は飛ばされて散り

雲が流されて移動するのも

風のせいだと思っていますが

 

竹林では靡いた竹の間から

日差しが注がれておりました。

 

鳥は上手に風に乗り

軽く羽ばたき

 

一瞬で去ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲は風の勢いを

反映した形なのかもしれません。

 

大空を吹き抜ける気流とか

地上で吹き荒れる暴風とか

 

空と地上では

強さや規模が全然違う為に

 

勢いの度合いなんて

比べようがないものですが

 

そもそも比べる必要がない

私の地味な日々の繰り返しでも

 

あの日、僕を押した風とは

守護霊のため息だったかもしれません

背後霊の吐息だったかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲を流している風は

お釈迦様の気まぐれだとしても

 

空を広げる風の威力は

希望や願望の展開なのでしょうか?

 

 

見えない風を語っても盛り上がらずに

答えが何も出ない毎日でも

 

僕の日々には何の関係も無いので

強風で揺れている今日も平和です。

 

風に揺られた気持ちはブレて

風に吹かれた身体は冷えて

 

雨に打たれた心が折れても

雨にも負けない知識を持ちましょう。

 

受け入れるしかないのが

社会だとして、従うのみが

奴隷だとするならば

 

働くばかりの私の日々とは

奴隷のような生活スタイルですが

 

不自由な自由が適度に有るので

不満足な満足程度で

それなりに楽しむ暮らしなら

 

この貧相な見た目に反して

実は、幸せなんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を利用して飛ぶのが鳥だとすれば

風向きを応用してきた人間は

賢く逞しく便利で楽々な環境を

 

実現した素晴らしい功績を

もっと称えるべきだと思いました。

 

風に吹かれた時に嬉しくなったら

素直に喜んで自然に甘えましょう。

 

風に揺られてぐらついた

私の精神はなぜか突然に妬みや

怒りがついつい態度で

ポロリしてしまいました。

 

そんな私の本性に

気が付いた人は離れてしまい

見抜いた方々からは非難されて

 

その結果として利用されてしまっても

嘆かず怯まず凹まずに

のうのうと図太く平然と

生きる事が大切だと思います。

 

ささやかな喜びや楽しさを

維持する労力に人生を費やすよりも

 

風のように消し去り

風みたいに通り過ぎても追わずに

忘れる技術が大切かもしれません。

 

巡り回って湧き立つ強風のように

黙っていても吹き出すだろうし

困っていても吹き飛ぶのなら

 

悦びにしがみつき

悲しみに苦しむ時間とは

 

痛い自己満足ですね、って

誰かに笑われているのでしょう。

 

雲と風の関係とは

変わる季節の繰り返しのようで

 

見えない風に押された日々は

流れて消えた雲みたいで

見失った今日のようでした。

 

風は見えない圧でありつつ

見える結果なのかもしれませんが

 

証拠も履歴も跡形もなく

消えて去ったあの日の大切な

 

感動や喜びなのかもしれません。

 

風は幸せも流しますが

不幸も綺麗に吹き飛ばし

 

また幸運を運んで来ては

不運も連れてくる

 

重要な循環の役割を

担っているのかもしれません。

 

 

冬の準備に間に合うかどうかは

風に聞いてみようと思います。

 

雲に尋ねてみましたが

答えが曖昧だったので

 

やっぱり風が正確なんだと

信じて従い頑張ります。

 

ガンバロー!