「ジイジ、あのさぁ、ママともりやんが
急に別れる事になったんだよね」
”まじか、、お前は大丈夫なんか?”
「ボクは普通に余裕だけどさぁ
ママがちょっと心配かもね」
”そうか、、お前も何かあったり
どげんもならん時とかさぁ
いつでも大丈夫だから連絡してね”
「オッケー、ヨロシクです!」
ときめく期間はほんの一時であり
幸せばかりは誰も続かないもので。
それでも生きるのが毎日で
暮らしているのが日々だとしても
嫌になったら目に付くのが人であり
無理だと思ったらムリになるのも人だ。
何故?って考えたらストレスになり
あれ?って気付いたら怒りが湧くし
イライラは顔に出ちゃって
ギスギスした言葉を使いがち。
周りの普通も気になって
ついつい嫌味を捏ね上げちゃって
ぶつけてみたり
投げ付けがちになるも人なので。
怒りのとばっちりという
訳の分からない刺々しい波動を
近寄ると浴びてしまうと
分かっていてもしょうがない
のがこの社会であり
それぞれ会社でもまあ、色々と
そりゃあぁ、、あるだろうし。
社内でも家内からもチクチクと
発せられた小言に絡まり転んで
ケガする場合もあるだろうしね。
痛めてしまった箇所を何とか塩で
浄めようとしたら、、逆に塩を
塗り付けてしまった!
ような強烈な痛みを強いられて
泣くこともあるかもだけどさぁ。
まあ、他人から見たらどうでもいい
内容であっても当人同士は相当な
思い入れや拘りがあるからこその
スレ違いやお門違いなんだしね。
どちらかが折れるかキレるか
双方が歩み寄って合意できるのか
なんてそんなゴチャゴチャは
四の五の言わんでスパッと
離れて別れてみるのもイイかも。
って事でお互いのこれからを
大切にしましょうね♪って感じで
大人同士は納得して
そうなったみたいだけど。
子供はどんな環境であっても
従うしかない訳で。
その状況のままを
どうであっても受け入れる
そうする以外に手立ては無くて。
それが嫌で荒れる場合もあるけど
実際には何の解決にもならずに
状況は悪化する一方となり
悪化も極まると好転する場合も
まあまああるのが人生だから
そんな笑い話に出来たら理想だけどね。
その域まで耐え忍ぶには相当な
労力と経費も必要だろうし
出来る事なら被害は最小で抑えたい、、
そんな野暮がまかり通る程
個人のイザコザなんて単純ではない
ことだけは確かだけども
どうであれ外野はただ黙って
見守るしかないのが現実だ。
「ジイジ、あのさぁもりやんは
ボクのゲームを返して!って
言ってこないかな?」
ゲームの心配が出来るうちは
まだ平和で大丈夫そうかな。
大人の事情ではもう少し
踏み入った話し合いを続けて
もうしばらく時間は掛かるらしい。
イイ時は何事も全てが順調に
見えるもんだし誰だって
いつだって、そんなもんだよね
そんな時はさ。
ヤバくなったら自分の周りが
全部、敵に見えてしまいその全てが
悪化の原因なんだ!って思いたいもの。
そもそも出会いは不思議なんだし
ご縁もフォローも含めて
実は単に感覚的なノリに委ねた
軽めのきっかけが多いとか?
やっぱりその全ては不思議な
繋がりである以上、維持も
決別も致し方ないのが
この世の定めかもしれないね。
離れる事も別れる事も
ひっ付く時も信じ合える時も
去る場合も遠ざかる場合も
己じゃどうにもならないんだから。
しょうがないと諦めて前を向いて
淡々と歩く、そのていどを
繰り返して連なって重なって
起きている今でありたいし
そうでなくても
そうなんだろうなぁって
決めて進む道にもやっぱり
悩む時や迷いが起きちゃうもんで
それなりの選択が都度にあるもので。
どちら様も頑張って踏ん張って
焦らず腐らず悲しんでも
食って寝てみてまた起きよう。
楽しんでも寝て起きての
繰り返しならば今日も明日も
明後日もそれぞれの
何かに向かって参りましょう♪
何があっても進むものだし
何が起きても何とかなるもの。
だから頑張れ。
だけど頑張って!
オレも頑張るよ。
爺ちゃんもガンバレー!
