僕が携帯電話を使い始めたのは
たぶん、25年ぐらい前のこと。
当時は通話料金がかなり高めで
でもその割には通信可能な範囲も
かなり限定的だったので(田舎は特に)
仕事用のポケベルを持ちつつ
テレホンカードも所持していた。
そんな時代だったのに、、出会いは
それなりに何かしらあって(合コン)
そんな時代でも、、何かしらの
ご縁に恵まれて(ナンパ)
基本は自宅の電話番号を聞いたり
勤め先の電話から内線で
わざわざ繋いで頂いたりして、、、
かなりの手間と勇気を掛けて
食事に誘ったりしたものだ(平成初期)
しかも!
相手に直接つながるまでには
親の判断で「○○は今、おりません」
とか一方的に省かれたり
会社の担当者次第では
「○○は外出しております」なんて
勝手に遮断されることもあったので
不信に思われないようにとか
不快にさせない為にとか
ある程度の常識やマナーを
紙に書いて自己流で練習した。
訛りが消える泥臭い努力もして
かなりの緊張に耐えながら
電話ごときのやり取りに、、、、
かなりの労力を費やしていたのだ。
僕の結婚歴はほぼ
携帯の使用年数と同じぐらいなので
出会いはもちろんSNSじゃないし
誘ったのも気軽なラインからではない。
メールで思いを送信したことも無く
インスタやフェイスブックから
奇跡的に繋がった関係でも無い。
ツイッターのフォローからミラクルが
降りて来て偶然か必然的に始まった
出会いやご縁や恋でも何でも無い。
何かしらで公式に正式な
プロフィールが出る人種でも無く
SNSでシェアされてリンクされて
フォローされた流れで繋がり
拡がるタイプでも無い。
友達は少ないし交流関係は狭い上に
偏っているし、、社交的ではないし
ビジネス性もないので将来性も望めない。
そんな関係のままでダラダラと
携帯電話の契約期間みたいに
訳も分からず、でもとりあえず
、、的な感じで結婚生活が惰性で
続いているだけなんて
信じられない話だけど現実で
ある意味凄い事だと思う(お互いに)
ガラケーからスマホになり
使い切れない機能だけを漠然と増やした。
そんな私は実際に、ガラケーでも
十分な機能しか使えていないのが現実だ。
誰にも内緒で登録したアメブロは
誰にも内緒する程の意味も価値も無い、、
庶民で一般的な愚民である事ぐらい
とっくに自覚はある。
この世には存在していないも同然であり
広大で膨大なデジタル空間において
ほんの僅かな粒子程度で何とか
存在している、つもりなだけ。
消えても消されても残されても
誰に迷惑かける訳でも無いし
晒されても、何かにしがみ付いても
大袈裟に示しても、少々拡げて盛って
綴ってもボケても突っ込んでも
所詮はどうでもいい存在なのだ。
自己責任で楽しむ自己満足以外は
誰の為でも何の為にもならない発信を
リアルでもゲスでクズキャラのままの
オッサンがブログのいいねに喜び
ニタつき嬉しさになっているなんて、、
やっぱり誰にも言えないし
死んでも絶対に言わない、言えない!
家族や仕事や知人に会っても
いつもの普通の私のままでいる常。
いつものように世間話をして
いつものように愚痴って笑って
いつものように寝て起きて
いつものように働いて
いつものようにビールを飲んで
いつも以上に飯食って寝たら
またいつものように
グダグダした内容を繰り返し綴り
いつものように今夜も
ぐっすりと寝ているだろう。
朝晩はだいぶ涼しくて空気も
カラッと秋らしくなって来ました♪
