うちの集まりの時って
いつも誰かが欠けてるよね、、
東京から帰省中の
次女と孫に会うために
長女と孫も遊びに来ていた。
皆で食事を囲みながら
三女は東京で
また新たな生活を始めたらしい、
と聞いて少し驚いたけど
孫の可愛さと酒の美味さで
夜は楽しく過ぎ去った。
春に三女が出発する前
長女と孫とで食事に行った。
久しぶりに囲んだ
中華料理を見つめながら
何故に写真をそんなに
撮りまくるのかが分からないと
心の声は呟きつつ
しばらく手付かずの大皿を
僕だけがじっと眺めた。
その様子を
次女にも送っていたけれど
その時期、次女は忙しく
婿どんとも色々あって、、
それどころじゃなかったみたい。
昨年?だったっけ?
その前も、じゃ
なかったっけ?
長女が過去をスクロールしながら
「そういえば、家族皆で
あの高級な店にさぁ
ドキドキしながら緊張して
食事に行ったよねー♪」と
見せてくれた写真に
父ちゃんは全く記憶にない店、
何も覚えの無いメニュー。
「家族だけで行くと
気楽に楽しめるから
話も弾んで楽しかったよね~!」
「家族が揃うのも稀だからさぁ
もう二度と行けないかも、、笑
でも凄い料理だったよねー!」
おいおい、お〜〜い、楽しそうに
盛り上がって話をしているけど
俺は一度も
そこには行っちょらんけど?
マンガの世界とかでは
仲間の誰かが欠けてしまった時
周りは少し罪悪感が芽生えたりして
結局、あまり楽しめない
雰囲気になるんじゃないの?
ドラマでよく見る光景では
友達の誰かが、例えば
一身上の都合により参加できない時
皆で話し合って
何かしらお土産を買うとか
何かしらサプライズがあるよね。
大切な人が欠けたら寂しいとか
躊躇するとか戸惑うとかの話で
誰か1人ぐらいは立ち止まり
考え直そうとか、思わんかったの?
そんな食事が楽しかったのか?
そんな気分で嬉しかったのか?
そんな状態でも
本当に、美味しかったのか?
……
僕の心の声は
心でしか呟く事が出来ない。
それぞれの当時の
インスタ(友達限定バージョン)
を見せてもらったけど
これ見よがしに盛られた角度
映える料理と背景に
マイウーしている笑顔もステキ♪
”お前らアイドル気取りかよ”
と思わず突っ込んでしまった
ぐらいにワザとらしい感じだった。
本物セレブの豪華さからは
かなりかけ離れた
見るに堪えないものばかり。
それでも、フォロア―さんからの
絶賛と称賛を評価として
当人達はご満悦だったのだろう。
欠けてしまうと
元に戻そうとする反発があり
失ってしまうと
元に戻したい衝動に駆られる。
欠けてしまうと
誤魔化してしまう癖があり
失ってしまうと
ついつい借りてしまう習慣がある。
欠けた関係は
すぐに補うことも大切だけど
失った対象は
想い続けることで愛が深まるのかな。
まあ、、
父ちゃんの域になると
少々の事が欠けたぐらいじゃ
特に何も驚かんし気にせんよ。
”あの時の支払いは
母ちゃんの家族カードだったから
結局は、父ちゃんが支払ったんだねー!”
笑笑笑
ゴチでした♪
どういたしまして。
今度は是非
家族が誰も欠けない日に
皆で奮発して行きましょう♪
家族の楽しそうなひと時を
少し捻って綴っているけど
やっぱり何かがいつも
私には欠けている。
その欠けた心を求めるように
父ちゃんは、らりごに扮して
こっそりアメブロで
楽しんでいるつもりなのです。
真実に欠けた内容でも
真理に欠けた戯言ばかりでも
欠けた箇所を広げて
欠けた面を膨らませて
日常に欠けた
私の何かを書けたなら
きっとそれは
喜びなのかもしれません。
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