薄情なその対応が
悲しくなって虚しくなる。
虚しくなっても
現実的にはその後に
さらに残念な事が起きるから
出来たらもう終わりたい
そんな気分になるものだ。
そんな気分になったら
誰の言葉も聞きたくなくて
普通だと言っていた日常さえもが
うっとおしく思うもの。
その歪みのループから
外れるためには
自分よりもかなり
劣って見える対象を探して
私を肯定できる程に
ポジティブに卑下した滑稽なネタで
明るく元気に笑い転げることだね。
優しい同情なんていらん。
つまらん共感もいらんわ。
もっと私が怒り狂って
感情が乱れて荒れた時
バカにして
笑ってくれたらそいでよかと。
記憶に刻まれるぐらいに
強烈にコケにして蹴落とし
叩き潰して
踏み潰されても平気なメンタルで
その無情な感情を
掻き回して引きずりながら
私は絶対に這い上がるから。
ヘラヘラと笑って
のうのうと生きることは
楽しい事じゃないけど
辛い日々でもないことが
少し怖いけど大丈夫。
気持ち悪い人間で
気色悪い顔していても
技術のように扱い
法則として処理できる社会なら
この先も惰性で余裕に
生きてゆけることぐらい
十分にしっちょるわ。
薄情っていうのは
誰も傷つかないようにも見える
陰湿で穏やかな犯罪みたいだね。
怒りと嘆きのエネルギーを
行動という推進力に
上手く変換が出来たなら
本当は最強なんだけど。
私にとっての共感は
衰退の始まりで
同情とは悪でしかないかな。
薄情な対応とは
そうそう誰にでも
簡単に出来るもんじゃないから
かなりの手間が掛かるけど
ここから先は私が
このままの薄情そのものになるよ。
悔しさをバネにして
憎しみを踏み台にして
怒りを支えにして
前へ、前へ、前へ、進め。
その一歩から始まる。
何事も
その一歩から始まるから
薄情でも何でも
頑張れ!

