1時間 | 心の波

心の波

ネガティブでも
幸せ探して生きてます♪

 

 

国道の全ての流れを止めて


葬祭場から

ゆっくりとリムジンが送り出される。

 

社会の常識の変化に合わせて

冠婚葬祭の向き合い方も一変した今。

 

故人を偲ぶために

盛大な花飾を添えることは

今も変わりはないが

 

大勢の人々が寄り集まり

儀式に従う機会は


かなり縮小されるか

自粛をされているのが現実だ。


 

そもそもが

訃報を聞いて駆けつけても

会えるのはその方の遺族である。

 

棺桶に眠る当人からは

再会した喜びの声なんて

誰も何も聞けない。

 

 

宗派があって風習があって

文化があって体裁もある社会に

 

花輪の位置関係や電報を読み上げる順位

一族の威厳を貫く確執で

勝手にザワザワしてみても

 

故人は焼かれて灰になるだけ。

 

相続の問題とか喪主の挨拶内容とか

香典返しの品に拘りを示しても

 

死んだ当人に決定権は無い。


 

必要なのか?

必要だったのか?


本望なのか?

本質だったのか?


 

そんな疑問を投げかけて

討論を重ねる余地はなく


友引以外なら滞りなく

穏便に式を済ませて納骨してこそ。


故人の弔いとなる本質は


豪華な葬儀でも

質素な儀式でも


あまり

関係ない気がしてしまう。




世の中は何事も

マスクや消毒や検温があってこその

簡易的な形式へと一変した。

 

 

孫の運動会は

一時間に短縮されて

開催されたよ♪とLINEが入った。

 

長女からは

スタートから最後尾を走る

孫の動画が送られてきた。

 

運動会も色んな意見があり

それぞれの考えがぶつかりながら

超短縮時間へと決定されたらしいが


かけっこだけは外して欲しい、、

と密かに祈っていた


孫の願いは叶わなかった。

 

楽しみにしていた

弁当を囲う時間もなくなり

 

親以外の入場も制限される中で

行われる運動会こそが


もしかしたら

本来なのかもしれない。


 

お母さんの弁当の準備、、

お父さんの場所取り合戦、、


何故か浮上する

嫁姑問題からも解放された


清々しい秋空の下で

子供の成長する様を眺める時間。


懸命に運動する姿を通じて

何かしらを楽しむ機会となれば


凝縮された1時間とは

いい塩梅なのかもしれません。







結果はビリでも頑張れ!

また、来年があるさ♪




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