時代の流れの中では
様々な専門知識が必要とされ
有名な病院の先生とか
有名な大学教授とかの
識者の見解が軸となり
社会の常識を支えて来た。
手探りな人生において
様々な分野の常識は
一般人でも分かる仕組みや
購入しやすい商品となって
万人に行き渡るようにと
整えられて世に出回っている。
それらは
生活する上での基準となり
生きる上での最低限、
必要な指針となって
確立されて来た。
それなのに・・・
世間に常識と認定されて
このまま安泰だと思うことも
ある日突然
世界的な○○賞を受賞したり
○○さんの研究が
ノミネートされました!
なんてニュースが流れると
常識は一瞬で覆されてしまう。
新たな見解が輝き出せば
過去を一掃しながら
新発見や革新技術が
これからの正論です!
と識者の裏付けと一緒に
一斉に発信されたなら
世論はざわめきとなる。
疑うよりもまずは
我先にと求める勢いが
混雑を招き
一気に加速して
やがては炎上してしまう。
その後も話題性を保ったまま
冷却期間を過ぎてしまえば
絶対的な正義となり
誰もが認識する程に浸透して
この世の新たな常識が誕生する。
例えば
この薬や食材や機材が
ダイエットに効果があるよ♪
となれば
未確認の噂であっても
皆が押し寄せ
身に着けたり
処方してもらい
迫る不安からの予防や
身を守るためにと行動する。
わざわざ出向いて
お金と時間を費やしてでも
その費用対効果は
それぞれの立場によって
計り知れない価値を見出す・・・
という前提だと考えたら
毎年のように内容が変化しても
疑うことなく効果を期待して
群がる勢いも納得できる。
ずっと並んで待ってでも
多少の犠牲はいとわずに
手に入れたい気持ちも
理解できるし
個人それぞれが至った経緯は
他人には想像も出来ない程の
深い物語もあることだろう。
健康な日々を謳歌する為に
健全な身の安全を
維持する為にも
対策を信じて講じることは
自然な欲求だから当然だ。
・・・・
でも
世の中には
対極の極論で異を唱え
その常識を否定して
数々のデータをもとに
真実を訴える人もいる。
自分の体でも試してみたり
別の機関での臨床試験や
そのリアルな症状や現象を
様々な圧力にも怯まずに
発信している方もいらっしゃる。
・・・・
その狭間で・・・
・・・・
専門的な知識が無い
一般ピーポーが
氾濫する両極の情報の中で
迫る危機に対しての
判断を急かされてしまう。
本能からの反応や
欲望のジレンマから
悩んで迷って
翻弄されて本質を見失い
諦めるか
何かに委ねるかの
選択となってしまう。
これだけの情報を並べられたら
義理を立てて気遣いしたり
単に流行を追いかけて
皆で騒いでいるだけでは
もったいない。
自分が専門家でもないのなら
感覚や感性から
ひらめく直感を信じて
判断して覚悟することも
一つの手段となるだろう。
この情報社会は
本当に便利でありがたいけど
最終的には自己責任という
孤独な覚悟が決まらなければ
ただの情報源に過ぎない。
だからこそ
踏み出した人の体験談として
口コミ、レビューで確認して
インプレで妄想を膨らませて
自分に照らし合わせて想像する・・・
なんて事を含めたまでの判断が
マニュアルのような手順となって
この時代の賢い判断なんだと
勝手に思っている。
この便利な世の中を
賢く利用出来たなら
予防も対処も確実で
安心安全な環境で
平和で平等な日々を
誰もが笑顔で過ごせるだろう。
SNSなどでの繋がりは
その情報の交換と
人間としてのマナーや
エチケットも踏まえた上で
明るく楽しく
繰り広げられる
コミュニティの場だと思うので
僕はそもそもが
不適合者だと気が付く。
それでもこうして
存在が許されるなら
こうして気ままな内容でも
発信出来るシステムが
単純に面白い♪
・・・・
本当は・・・
決められた常識に
いちいち従うのが
めんどくさい w
ここだけの話・・
予防注射も薬の処方も
痛そうだし、お金も掛かるし
わざわざ出向くのが億劫だ w
会社務めを辞めてから
健康診断も受けたことがない。
それでも普通に生きているから
あまり気にならなくなった w
もともと野性的な
ゴリラのような体質だから
免疫力も強いのだろうか? w
細菌だらけと言われる社会でも
順応しているだけなのだろうか?
そういえば・・・
過去に命を賭けたことがある!
空腹状態で
焼酎を一瓶、、、
空けるまでの肴は
ショッポだけ。
辛くなったら
やばい○○を使ってもいいけど
命の保証はないから
一筆書いて自己責任!
瓶が空になったら
その後に20キロ先の
神社まで駆け足で行き
辿り着いて
生きていたら勝ち(許される)
死んだら負け(許される)
・・・
という賭け事に
挑戦したことがある。
おそらく
医学的にはアウトだろうし
そんな賭け事で
何を許されたかは・・
恥ずかしくて言えないけどww
僕はその賭けに勝ったのだ!
だけど・・・
本当は事が発覚して
怖くて恐ろしくて
死に場所を探していたので
公開処刑で清算なら
この世のごちゃごちゃも
いっぺんに解決できる♪と
ノリノリだったのだ。
これで人生リセットして
来世ではちゃんと勉強して
真面目に頑張ろう♪
なんて安易に考え
後の処理にも
迷惑掛けないようにと
空腹を維持したまま
臨んだのだ!
走り始めたら
内臓が多少
痛みはしたけど
まだかなぁ・・・
まだかなぁ・・・
と体を虐めて
走っては歩き
早くすべてが止まって
楽になりたい・・
なんて考えていた。
お迎えを期待していたのに
あろうことか何事も無く
神社の鳥居を普通に
くぐってしまったのだ!
その時、正直に思った感想は
今でも鮮明に覚えている。
僕・・・
自分自身というよりも
人間の体は
結構、頑丈なんだなぁ・・と
ただ驚き愕然としただけ ww
死んで詫びるつもりだったのに
自分でも拍子抜けしてしまい
感動も感激も一切
感じることは無かった。
迎えの車の中で
勝利の一服を吹かしながら・・・
内心ではこれから
どうやって生きようか?
何の仕事しようか?
なんて恐々と瞬きしながら
考えていた ww
・・・・
あれから、医学の常識は
万人に対してではないと
自分なりに考えて
信じなくなってしまった。
理解できない程に
アホで鈍感で残念な人間だと
言われればその通りなんだけど w
そんな身勝手な僕でも
社会では多勢の常識に従い
自分の個人的な考え方は
自己責任であっても
慎んで戒める。
僕の
若気の至りの人体実験なんて
誰の役にも立たないし
自分の人生に対しても
何の役にも立っていないから。
あの賭けには勝ったけど
それ以降の賭けは負けっ放し w
もしかして・・・
あの賭け事で
自分の運のすべてを
使い果たしたのだろうか? ww
本当は大切な命を
守ったのかもしれないけど
人の命なんて
誰にも分からない。
賭けに勝った命を
未だに大切にしていないのは
神への冒涜だと自覚はある。
命にふんぞり返って
奇跡にあぐらをかいて
人間であることに
感謝を忘れて
のうのうと生きているから。
でも、最近は
これでも・・・・
大切にしているのです♪
それは希望を見つけたから?
それは対象が定まったから?
でもそれは・・・
そもそも、生きていることが
前提なので
条件の大枠としては
とりあえず生き続けること。
実にシンプルだ!
だからこそ
思うことがある。
ありがとう、命。
ありがとう、人間。
ありがとう、すべて。
ありがとう、
大切なあなた。