人は死ぬ。
いつかはやがて
必ず死ぬ。
この世に人間として生まれて
奇跡のような連続と連鎖などで
生かされている・生きている・・
そんな貴重な命に
感謝して大切に生きましょう♪
と天に祈りを捧げても
人は定めに従っているのか
運命のイタズラなのか・・
やがて死が訪れる。
死 以外の出来事が
奇跡の連続で
生きながら
生かされていることを
頭では理解しているつもり・・
なんだけど・・・
世界中では色々な事件が起きて
まるで映画のワンシーンのように
人の命が奪われる。
そこまでを死の定めとして
理解することは難しい。
時には・・
大切な命よりも
苦しみが上回り
自身で止める人もいる。
悲しみに暮れる人や
呆然と立ち尽くす人
その全てを
被害の一部分として映し出し
恐怖を煽るように
事件は容赦なく伝えられる。
・・・
日々の生活に疲れて
今の状況から何とか逃れたい・・
と思っていれば
自暴自棄となり
まるで
一時的な快楽を求めるように
死を求める時もある。
不謹慎だけど・・・
一瞬でこの世を去る人々を
羨むように見つめる時もある。
逆に、ある時には
今の状況をもっと・・
もっと・・ずっと楽しみたい♪
なんて思い始め
生きてて良かった!
生きるって素晴らしい!
と考えを改め
今のままを・・
すべての平和ごと維持したいと
夜空に願う時もある。
幸せとは
出来るだけ死を遠ざけたい・・
と祈る事なんじゃないか?
なんて勝手な妄想で
思ったりもする。
死とは不思議なもので
何事があっても
例えば・・・
有名な凶悪犯と決めつけられても
死んでしまえば
すべてを清算・リセットするような
複雑な感情が沸き起こり
同情して許してくれる人もいる。
そんな大きな節目ともなるので
誰かの死が
強烈な衝撃となって
人生を変えてしまう・・
なんてこともある。
そんな大切な命を
事件や事故の被害として
淡々と報道する。
当事者となれば
その至った経緯に
納得がいかなければ
怒りの矛先も
悲しみの置き場所も失い
前に進むことも出来ないから
報道は残酷でも
真実を伝え続けるのだろうか?
・・・・
そんな死というものが
何なのか?
何処へ行くのか?
幼いころから
とても興味があった。
みんなの前では
適当にはしゃぎながらも
こっそりと独り・・
手っ取り早い宗教の経典に
興味を抱いたこともある。
その頃は
どちらかというと
覗いてみたいという
興味本位だったので
誘われるままに
集会や大会にも参加した ww
同志との意見交換や
洗礼・浄霊を受けたりして
どっぷりと浸かっていたけど・・
魂の契約時には
怖くなって逃げた ww
この考えだけが
どんな世の中も生き延びる・・
この教えだけが
どんな社会となっても唯一の・・・
・・・
なんて言いながら
みんなで手を取り
大合唱することには
どうしても馴染めなかった。
僕に協調性がなかった
ただそれだけのことだけど ww
逃げた後は
居場所も知られているので
いまさら抜けられない
なんて恐怖心で怯えながら
とにかくひたすら
僕は断って断って
謝りながら逃げた。
稼ぐために至った都会で
孤独な心境に陥って
死の意味を考えた。
寂しさを言い訳とした
湧き上がる欲望には
素直に本能で従いながら
こだわりなんて捨てた。
果てれば我に返り
現実の恐怖が待っていたけど
死を意識しながら
涙も喜びも無い
無感情の心があるだけだった。
時は過ぎて
ほとぼりも冷めたころに
逃げるように帰郷したけど
その後も
死への興味は尽きずに
ことあるごとに
反応している自分がいた。
楽になれるのか?
無になれるのか?
ずっと気になって生きて来た。
それとも・・
幸せの骨頂なのか?
絶望の悲しみだけなのか?
単に快楽なのか?
永遠の苦痛なのか?
天国なのか地獄なのか?
・・・
あの世に行けずに
この世をさ迷っているなんて
不思議な話も聞くけど
実際に経験したことが無いので
何とも言えない。
想像の世界なのに
信じる・信じないは
自己責任。
でも一応は
誰かが死んだ時だけは
関係者一同が集い
魂の昇天
御霊の鎮魂
などとして
あの世を確実に意識する。
専門的な宗教論や
見えない世界はタブーであっても
自分の身近な存在だけは
死を境として
神となって
いつまでも見守ってくれるんだ!
・・・・
なんて都合よく考え
いつでも支えてくれると信じている。
人間の不思議さを追求するよりも
命の尊さに関心を持つよりも
故人の死を
受け入れて悲しむことだけに
とりあえずは集中する
様々な儀式。
その不思議な仕組みに
囚われて深入りしないように
悲しむ心をただ癒す。
残された人々が
新たな覚悟と共に
環境も受け入れて
前を見て生きる。
灰になってしまった思い出を
脳裏に焼き付け
今を大切に生きることが
故人とのお別れなら・・
死というものは
常に寄り添い
共存しているのかもしれない。
僕は臨死体験をした人が
本当に羨ましい。
一度でいいから
死んでみたい・・
なんて思うから。
そして
後悔と懺悔を繰り返し
土下座して
また生き返ることが出来るなら
改心して
命を大切に生きれるかも・・と
身勝手な妄想で
軽々しく考えている。
生きる大切さと
人間の凄さと
この世の神秘な環境に
改めて感謝するために・・
他人事のように
死を経験してみたいと
考えているのは
死に興味があると言いつつ
その崇高な魂を軽視して
ちゃんと向き合っていない
弱さの本性が出ているに過ぎない。
情報を鵜呑みにして
ただ怖がり、ただ怯えて
都合よく言い訳として
死を考えている以上
僕に死を語る資格は無い。
人間として
生きているだけでも凄いんだ!
って頭では分かっていても
現実は放棄したいものばかり・・・
その中に
自分自身も含ませて
責任ごと放棄しようなんて
甘い考えもある。
だから・・
何ごとにも懸命に
生きていらっしゃる方々からすれば
本当にもったいない・・
なんと嘆かわしい・・
と思うだろう。
例えば死の淵で
病と闘い
苦しみながらも
大切にちゃんと生きている
誰かの命のためなら
臓器移植のように
生命のトレードが出来ても
良さそうだけど・・・・・
そんな登録先は
どこにも無い。
人間として
やる気がある人は生かし
やる気のない人は
容赦なく入れ替えすれば
世の中は精力的に
生き生きとした
活動的な世界となるのに・・・
僕は今日も
このまま生きている。
何かの間違いなのだろうか?
そもそも神様は
あまり人間界を
監視してはいないのだろうか?
お盆や戦後の慰霊など
見えない世界に対して
一番関心を持つ8月だけど
対照的に華やかな
祭りや花火で彩りながら
慰霊とする風習もある。
今の僕は?
生きたいですか?
死にたいですか?
やっぱり
生きながら
死を経験してみたい・・
欲張りな
人間デス♪