皆さんこんにちは!!
ちび助です!!
今回は、生きる意味について、哲学的に考えてみようと思います!!
なんのために生まれ、なんのために生きるの??
さて、突然ですが、アンパンマンのマーチをご存知でしょうか?小さい頃によく耳にした記憶がある方もいらっしゃるかと思います
アンパンマンのマーチには、こんな歌詞があります!
"なんのために生まれて、なんのために生きるのか、答えられないなんて、そんなのは嫌だ!!"
ここで皆さんに、質問です!!
皆さんはなんのために生きていますか?
平日には毎朝満員電車に揺られ出勤し、毎晩また満員電車に揺られ帰っていく…
このような繰り返しの人生に一体なんの意味があるのでしょうか…?
上手く答えられない人も多いかと思われます!
これは中々難しく、深刻な問題でもあります
今回はこのような問題について、ある哲学者の考えを元に、考えて行こうかと思います!!
哲学者ハイデガー
今回紹介する哲学者は、ハイデガーです!!
ハイデガーは、自分が自分であるということはどういうことなのかということを考えた人です!
ハイデガーは、この問題を考えるにあたって、「これは自分だ」と言えるような、一種のアイデンティティのようなものを探しました
このアイデンティティのようなものは、必然的に他の人に取って代わることができない自分にしかないものである必要があります
困ったことに、このアイデンティティは中々見つからないものです
例えば、私はシステムエンジニアとして働いていますが、周りを見渡すとシステムエンジニアは沢山いて、私と取って代わることが可能です
また、年齢、身長、体重なども、全く同じ人がいないとも限りません
もう少し他の例も考えていきましょう!!
イチローのアイデンティティはとてつもない打率ですが、この打率と全く同じ打率を記録する野球選手がこの先絶対に現れないとも言いきれません
世界一の美人でさえも、もしかしたら交通事故にあってその美しさが失われ、他の人が世界一の美人になってしまうこともありえないことではありません
そう、ほとんどのものは取って代わることができます!
じゃあ、どうして私は私で、あなたはあなたと言えるのでしょうか…?
実は、ひとつだけ、誰にも取って代わることができないものが、誰にでもあるのです!!
唯一取って代わることができないもの
中々アイデンティティが見つからず、困り果てていたハイデガーは、あるときふと思いつきました
「自分は他者の死は見たことがあるが、他者の死自体を経験したことはない…自分の死もまた他者は経験することができないではないか!!」
自分の死は、誰かに取って代わることができないものだったのです!
このようにして、ハイデガーは、自分の死と向き合う時、初めて自分は自分であると言えるという答えに辿り着きました!
取って代わることができないものだが……
しかし、自分の死と対面した時、自分の人生は終わってしまいます
死を迎える前までは、気がついたらこの世界に存在していて、誰かに取って代わることができる存在として人生を送り、死ぬ時に初めて自分が自分でありえる…
ということは、人生そのものに何ら意味などなく、むしろ人生の本質とは死ぬことなのではないでしょうか…?
けど、安心してください!!
まだまだ生きる意味についての哲学は続きます!!
次回は引き続きこのテーマで、違う哲学者の人を紹介し、生きる意味について考えていきたいと思います!!
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました!!
次回もお楽しみに!!