皆さん、こんにちは

やすらぎの語り手 です

私の記事をお読みいただき

ありがとうございます



今回は生のありがたさがテーマです


出会った詩集

そこから考えたことをまとめた私の詩

お伝えします



まずは詩集についてです

大越桂さんの『花の冠』『海の石』



2012年に刊行された双子の詩集です

2011年の東日本大震災の時のことも

多く綴られています



大越桂さんは

1989年1月に

819グラムの未熟児として生まれました

重度の脳性マヒにより体を

あまり動かすことができません

また、13歳の時に失声されています


そして双子の姉である

葵さんがいらっしゃいましたが

生まれた時に亡くなっています


桂さんがこの詩集を出されたのは

23歳の時です



そんな桂さんが綴られた詩は

生きていることのありがたさ

教えてくれるものであり

自分自身を振り返らせてくれるものでした


読んでいる時には

10年のタイムトリップをしている

ような感覚でもありました



読み終えてから

今までの自分を振り返り

生のありがたさを実感しました


その詩を綴りたいと思います



「私が私であれること」


私には姉がいた

兄だったかもしれないけれど

二人いた

それはもしかしたら

私自身だったかもしれない


もしも二人が

はじめの一人が生まれていたら

私はここにいたのだろうか

もしもはじめも

私自身であったとしたら

私は私であっただろうか



私には友がいる

私があの時生まれなければ

出会えない

彼らと出会わなければ

私は別の誰かであった


たとえ二人が

どちらか一人が生まれていたら

私は私でいなかった

三人目の子

長女の私があの時に

生まれていたから私なの



障害を持っている

持っていなければできたこと

たくさんある

けれど体は動くし

向き合って得たものもある


それは本当にありがたいこと

二人に会いたい

五体満足

そう願ったことあるけれど

二人がいなくてできたこと

不満足から続けたこと

今の私で出会えたもの

そうしたものが宝物

だからこれらは奇跡だろう

私が私であれること



ここまでお読みくださり

本当にありがとうございました


皆さんの日々が

やすらぎに包まれていることに

感謝して