うーん


今日はどうしても動けなかった。


いつもなら

どうにかして気力を振り絞って

浮かない顔しながらでも、半分泣きそうになってても

ご飯食べて、準備して、学校に行けてたのに


どうしてだろうか

今日はほんとにつらかった


こんなに泣くことも珍しいんじゃないかってくらい


そりゃわかってるさ

ここから早く立ち直って「普通」に戻らないといけないって事も、

自分自身で自分自身を管理しきれるように、

あの場所に戻らないといけないって事も、

きちんとやるべきことを済ませられるようにならないといけないって事も、

もうそんなに猶予がないって事も、

全部、頭の中ではちゃんとわかってるつもりだよ。


それでもどうしようもできないんだ。


だからこうなってるの。




あぁ、もう、これで三度目。


一度目。

自分の気持ちを消すことを覚えた。こういうこともあるんだと知った。


二度目。

見つめすぎてパンクしそうになった。どれだけ叫んでも意味がないことを知った。


三度、目。

罪悪感すら感じないんだねと。所詮野次馬だったんだねと。


人が壊れていくのを同情したように見せかけて、見下して笑ってたんだね。

「同じ状況でも私は壊れないの」と、自分が強いと自分に思わせて喜んでいたんだね。


人の辛さを知ったように近づくのは、他人の不幸が自分を高く見せるのに必須な要素だからなのでしょう?



いいよ、もう。

そんな薄っぺらい「可哀相」なんていらない。

言葉を吐かないで。

自己満足を満たすための材料にしないで。


考え方が合致する人間なんていないの。

たかだか一ヶ月そこらで人が判別できるなんて在り得ない。

そんなのよほどの人間でなければ無理。

大人でさえ無理なことが子どもにできるわけがない。

ましてや考えが子どもの人間が背伸びして、なんて絶対無理。


価値観だって違うのに

価値観を押し付けて言われたってどうしようもないじゃない。



そこは個人の自由だし別に構わないけれど。私は何も言わない。

わからない人に何を言ったって無駄ですし。



私の勝手な戯言と聞き流すも結構。

そもそもこれが全てなんて思ってもないですから。

それでいいと思ってる間は、誰が何を言っても聞かないでしょうしね。


立ち直れないくらいにズタズタになったら、なんて思うんだろうね。


「助けて」って叫ぶの?

上に手を伸ばすの?

生きることをやめるの?


どれにしても

そのとき隣に誰かがいてくれるかどうかは

そのときまでの行動次第。


私は見切りをつけました。

ただそれだけ。