摂理


摂理とは関係あるが

今週は先生が御言葉で

祈ることの大切さと大事さを

切実に語ってくださった


その中で個人的に印象に残っているのが

人はあまりにも

今までに自分が受け取ったものが

自分が望んでいたことであったということを忘れ

求める一方で感謝を忘れる

ということである


言い換えると

今まで願っていたこと

あるいは今も願っていることは

過去に受け取っている

あるいは現在受けているのではないか

ということである


侍も今の自分を考えてみると

本当に祈り願ったものが

たくさん与えられているし

それが普通になったときから

その価値を忘れていた気がする


祈りは必ずかなうと思う

ただ時間がかかったり努力が必要だったりする時がある


10歳の人が免許取りたいからといって

18歳にしてください!と祈っても

その日に18歳になれるわけではないし

みんなが総理大臣になりたい!と祈っても

みんなが総理大臣になったら

それはそれで大変だと思う


これは極端な例だが

自分が祈っていることは

時間と努力によって必ず叶えられる

と侍は信じる


ただ人はそれが叶う直前に

諦めてしまうのであると先生もおっしゃっている


最後まで諦めることなく

祈りの力を信じて

今祈り続けていることを

祈り続けたいと思う


侍は以前

スラダンの桜木が大好きで

桜木のようになりたいですと祈ったことがあったが

侍がぎっくり腰になったのは

それとは関係ないと思う


スラダン的に言うと

せ、背中が痛え・・・