摂理


摂理とは関係ないが

いや多少関係あるが

人の器の大きさとは

何でいったい決まるのだろうか

とふと思った


やさしさか

ぬくもりか

思いやりか

大胸筋の大きさか

スラムダンクの知識か

Youtubeに100ほどあるダウンタウン総集編のうち

どれだけ見たことがあるかということか


いったいなんだろうかと考えていたときに

ひょっとしたテレビ番組から

こんなセリフが聞こえてきた


「人の大きさというのは

人のためにどれだけ自分の体を張れるかによって

決まるんだ」


どどーん


これはなかなか

どどーんと来た


そもそも侍が侍と名乗りだしたのも

武士道が昔から大好きであり

その教えの一つにも

いかに主君のために体を張れるか

というのがあったからである

と思う


「忠」という文字が

その精神を現すのだという

うるおぼえ


少し脱線したが

侍の今までの人生の中で

人のために自分の体を張って

生きている金八先生のような人が

どれだけいただろうか


教師の中にはそこまでやってくれた人は

それほど思い当たらないし

友達を考えても

本当に一握りである


でも摂理に来てからは

人のために一生懸命に相談に乗ったり

一緒に問題を解決したり

している侍たちをたくさん見てきた


特にリーダー的存在の人たちは

見ていて若干気の毒になるくらいに

自分のためにというよりは

人のために生きているくらいに

体を張ってがんばっている


睡眠時間を削って

目をしぱしぱさせながらも

一生懸命相談に乗っている姿も

数え切れないほど見てきた


そういう人たちだから

慕う人が多いし

魅力的な人が多いのだと思う


リーダー的存在の人が

そういうことができるのも

摂理の先生が

誰よりも一番

人のために体を張って生きてきて

例として見せてきたからである


その姿勢が

全世界の摂理の侍たちに広がっている


まさに生きた武士道


スラダン的に言うと

最強山王高校のセンター

河田雅史のシュートブロックの時の

掛け声のように

「ぶし!!!」