この件については教会のものよりもずっと難しい。何故なら、彼に対して告訴を起こした多くの人が法廷に出頭しなかった。また実際に法廷に出頭し、証した者の話は一貫していなかった。
法廷を傍聴した人の中には、その証言内容に明らかな矛盾があったと言うものもいた。
ある点においては裁判官がこう申し付けて、証人を止めさえした。「もし、あなたがこのように再び証言内容を変えるなら、この人(鄭氏)を自由にさせる可能性があることを理解してください。あなたが今言ったとおりの話を続けたいですか?」
ある点においては、原告が警察と検察官に提出したものと全く反対の陳述をし、先に行った申し立てを完全に否定した
法廷が彼女の言うことに対して「あなたの証言が訴状の内容と違うと、ペナルティを課しますよ」と警告したときでさえも、「罰をうけても構いません。」と彼女は誤った訴訟を起こしていたことを認め、今まで誤った証言をしたことを告白した。
 
裁判官達は宗教団体と鄭氏が創設者である事実から、教会に所属する人の言葉は信用することが出来ないと結論づけた。宗教についての裁判のため、他の裁判において適合される全てのルールがこの件については当てはまらないとした。裁判官は仮にこの裁判が宗教のものでなければ、初めから棄却され、このような裁判は審議さえされなかったであろう。と公に述べさえした。鄭氏のために誰が、何を証言しようが法廷はそれを有効としなかっただろう。
 
以下、http://blogs.yahoo.co.jp/setsuri2023 参照