文字で叫ぶ摂理の新婦

文字で叫ぶ摂理の新婦

時代を駆け抜ける摂理の新婦たちが今、文字で叫ぶ!!!

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五体満足 健康で生きれていること

 

 

 

大学4年生の時。特に悩みもなく、不安もなかった。

 

楽しく生きているのに、どこかむなしい。

 

 

 

ある日の夜、いつもの帰り道、いつもと同じ風景の中

 

こんなこと考えてました。

 

 

 

「疲れた、むなしい、死にたい」

 

 

 

なぜかはわからないけれど、強くそう思った。

 

自殺なんてする勇気もないのに。

 

 

 

そしたら、なんとすぐに交通事故に合いました。

 

 

 

多少の傷は残ったけれど、どこもかけることなく生き続けることができました。

 

 

 

神様がムチを打ってでも、私を変えたい。救いたいのだなと感じました。

 

 

 

だって、死ぬかもしれないところを生きることができたのだから。

 

 

 

今は、わかります。聖書を通して神様に会い、生きる意味、喜びを感じることができます。

 

 

 

人生、生まれ変わることを経験しました。この喜びをぜひ、これを読まれるあなたにも知ってほしい。

「バタン!」(ドアを閉める音。)

自分の部屋に入って、私は声を殺して泣いた。

誰にもその声を聞かれてはならないからだ。

家族を心配させることなく、良い子のフリをして、

安心させなければならないのだから。


私は誰にも自分のキモチを打ち明けたことはなかった。

誰も信じられなかった。

人はみんな私を退け、裏切り、害を被らせ、

自分の思いどおりにならなければ、捨てた。

自分だけを信じて生きるしかないと思った。

もう、人生を諦めて、妥協して生きるしかないと思った。




そんな時、一人の牧師先生が、私に祈ることを教えてくれた。

「祈りは対話だ。」


私は神様に対話を始めた。

最初は、人と接する時と同じように、

神様の前でも良い子のフリをした。

捨てられたくなかったからだ。

その祈り方では、自分が変わっていく感じがしなかったが、

それでも私はがむしゃらに走り続けた。



そのうちに、私は病気になった。

何もできず、寝ているしかない、惨めな自分がいた。



その時、初めて私は神様に本音を告げた。

「私は今まで一生懸命頑張ってきたのに、

どうしてこうなるんですか!」

自分のキモチを神様にぶちまけて、声をあげて泣いた。



それに対して、神様は、人を通して助け、

あらゆるプレゼントを私に与えて、その愛を示された。

「神様。神様はこんなに何にもできない私を愛して下さるんですか?

私は生きているだけでもいいんですか?」


うまくできなければ、何もできなければ、

捨てられると思っていたのに、

神様はむしろその時に、私を愛しているとおっしゃった。

私は全身の緊張が解けて、神様の懐に包まれた気がした。



そこから、私は、神様の愛を確信するために、祈るようになった。

「神様。私は今まで、無条件の愛を感じられずに生きてきました。

でも、神様は、私を愛しているとおっしゃいます。

その愛が大きすぎるのか、私にはよく分かりません。

どうか神様の愛を教えて下さい。」



そうしたら、牧師先生が教えて下さった。

「神様と御子を一人の男や一人の女の人だと思って、

自分が心から愛してみてこそ、その愛を確認できる。」



私は、生活の中で神様にお仕えし、神様と対話し、

精一杯愛を表現してみた。

すると、神様が私をどれほど愛して下さっているのか、

深く感じるようになった。



また、牧師先生が、

「祈りは愛だ」とおっしゃった。



私は祈りで神様と情熱的な愛を交わすようになった。

このように人を愛したことも、愛されたこともない。

愛されるよりも、愛する方が、本当に幸せだと感じるようになった。

今は毎日数時間、神様を愛して祈る私がいる。



しかし、牧師先生は一日に10時間、祈りを捧げられる。

どれほど、その愛が深いのだろうか。その愛を誰が知るだろうか。



だから、私は今日も祈る。

「神様。私も先生のように、神様を愛せるようにして下さい。

この世で神様を一番愛した先生のように生きたいです。」

先生が、私を神様を愛する人にして下さった。



私は、人生で最高の宝を得た人だ。