今から50年も前のお正月のお話。

 

同居の祖父母は普段から「もてなし好き」で

生家にはひっきりなしに酒席の来客が訪れていた。

 

ことにお正月ともなると、料理自慢の祖母は腕を振るい

お得意の煮しめやちらし寿司、三段重のおせちにお刺身などを

所狭しと座卓一杯に並べていた。

 

中でもお手製の鯖寿司は絶品らしく、

「これを食べんと、年が明けまへんわ」と、それをお目当てに訪問する

お客様も多かったらしい。

 

その元日の夜も、恒例の宴席が開かれるらしく

客間に朱塗りの大きな座卓がずらり三卓ほどならび

その上に祖母の心づくしの料理の皿々と伏せたグラスやお猪口、祝箸が

紫地の座布団とともに、すでに多くの客人を待っていた。

 

幼稚園児の私が、その光景を廊下からガラス戸越しに見ていると

「せっちゃん、こっちお出で」と祖母がその座卓の一つに手招きした。

 

その座卓の真ん中には、焼き目のついた大きな魚が

派手目な柄の大皿に乗せられてデンと鎮座ましましていた。

 

初めて見るその魚は目の玉がぎょろりと白く、化粧塩が焼けている。

Uの字に反った姿が苦し気で、子供の目には薄気味悪く見えた。

祖母は、その魚の身をお箸で一口分だけそぐと私に

「はい、あーんして」と言った。

 

「いらない」と首を振ると

「縁起もんやき、一口お食べ」(土佐弁)と怖い顔をして言う。

 

仕方なく口に入れると、甘くてふわりと柔らかい身が焼き目の香ばしさと

あいまって、これが思いの外に美味かった。

 

「もっと」と、口を開けてねだると

「これは睨み鯛やき、一口でええんや。あとは、また明日」

そう言うと、ほじった裏側を隠すように鯛を元通りに置き、部屋を出て行ってしまった。

 

翌朝、「また明日」と言われたのを思い出し、食事のたびごとに

今か今かと出てくるのかと待っていたが、

鯛は昨夜の内に来客が食べてしまったらしく

あの一口で終わってしまった。

 

あれから何十年もの間、鯛を食べる機会は何度かあったが

あの一口の睨み鯛ほど美味しい鯛にであったことはない。

 

恵比寿様のイラスト