五十年前のお話。

実家の床の間に、一丁の鼓と、紫色の布袋に入った何か大きな物が飾ってあった。

 

「それは伯母ちゃんのやから、触ったらあかんで」 と母からきつく言われていたにも関わらず、五歳の私はその鼓を股に挟んで、胡坐をかき、まるでボンゴのようにボコボコと激しく叩いて遊んでいた。

 

「ほんまに、この子は、私がなんぼ言うても聞かへん」

あきれた母は、父の長姉のサヨコ伯母を呼んできて、私のしつけを頼んだ。

 

隣家に住んでいた伯母は、家に来ると、床の間に立てかけてあったあの「何か大きなもの」

を畳の上に置き、袋から中身を取り出した。

 

それは一張のお琴だった。

「ほな、せっちゃん、お琴教えたろなあ」

サヨコ伯母は、お琴の前に正座するようにと私を促すと、琴柱の立て方や動かし方を示し、最後に琴爪を付けて、「さくら さくら」を教えてくれた。

 

その翌日も、その翌日も伯母は私にお琴を教えに来てくれていたのだか、私は3日目に脱走した。

 

どうしても正座でじっとしていることが出来なかったのだ。

 

「ほんまに、あの子は、なんでああ落ち着きがないんやろう」とため息をつく母に

伯母は「元気でよろしいがな」と笑っていたらしい。

 

それから五十年経って、今、私は和楽器バンドのファンである。

優しかったあの伯母も、十五年前に鬼籍に入った。

あの時、なんでもっと叔母に習っておかなかったのかと今更ながら激しく後悔している。