今から50年ほど前のお話です。

わたしの通っていた幼稚園では、演劇の発表会がありました。

 

その年の出し物は『シンデレラ姫』。

私は、その他大勢の小鳥の役でした。

 

小鳥たちは、可愛いシンデレラの後ろを、ピヨピヨピヨピヨと言いながら

舞台の下手から出て、一直線に上手へと通り過ぎて消えていくだけの

セリフのない役でしたが、母はものすごく張り切ってドレスを縫ってくれました。

 

スカイブルーのサテンの生地に、銀色のスパンコールがキラキラと光っています。

ノースリーブのロングドレスは、まるでお姫様のよう。

幼い私は、そのドレスが着れられる日を一日千秋の思いで待っていました。

 

いよいよ発表会の当日。

幼稚園に行くと、母は紙袋から薄い黄色のドレスを取り出しました。

裾や袖口にタンポポのようなポンポンが幾つもついています。

 

あれ?といぶかる私に母が「今日、トシコちゃん、お熱が出て来られないんだって。

代わりにこのドレスを着てあげて」と言いました。

 

幼馴染のトシコちゃんが欠席なので、せめてトシコちゃんのお母さんが作ったドレスを

着てあげてということでした。

 

私は自分のドレスが着られず、がっかりしていると、先生が

「じゃあ、せっちゃんが代わりに、いじわるなお姉さん役してね。

『シンデレラ、おそうじしなさい』って言うだけだから」

 

そう言って、向こうに行ってしまいました。

 

それから私はもう心臓がバクバクです。

今までは、ピヨピヨピヨピヨと通り過ぎればよかっただけですのに

いつそのセリフを言うのかもわかりません。

 

「ここで待つのよ」と先生に舞台のそでに腕をつかんで連れていかれ、

「さあ、今よ」と押し出されます。

とりあえずマイクの前に行き、ぼそぼそとセリフをつぶやき、

元いた舞台のそでに逃げ帰ると

「あら、帰って来ちゃったの? 舞台で待っていてくれなきゃ」

そう言われても何が何やら、さっぱりわからず。

 

いまだに写真を見ると、あの時の何とも言えない気持ちを思い出します。

 

いつの間にか、青いドレスも無くなっていて、幻のドレスになりました。