今から50数年前の話です。

生家には、祖父に祖母、父と母に父の弟妹、それに私の7人家族の他に

住み込みの職人さんが、離れに2人住んでいました。

 

昼夜の食事時には、上記の9人の他に、通いの職人さんが5.6人、

さらには近隣に住む父の2人の姉の家族が数人混じっていたりして、

さながら我が家の食堂は、大流行りの飯屋のようでありました。

 

およそ20人分のまかないを作るのは、祖母と母の2人でしたが、

食後の洗い物をするのは、物心ついた頃からは私と母の役目でした。

 

料理好きの祖母は、旅館の食事のように長皿、小皿、飯椀、汁椀、小鉢に湯呑みと

多くの食器を使うので、流しの洗い桶の中は小山のよう。

 

 私が洗剤とタワシで洗って手渡すと、母がすすいで幾つもの桶に

食器の種類ごとに積み上げていきます。

 

母は大変だったと思いますが、私としては多忙な母を独り占めにできる時間で

あったので、学校であったこととか、お友達との話を聞いてもらえてうれしかったです。

 

 それから、色々なことがあって、今は家族二人になりました。

 

 祖母のたくさんの食器は、今も納戸の中で眠っています。