♪身体の傷なら治せるけれど心の痛手は癒せはしない(沢田研二:時の過ぎゆくままに)と歌われるように、大谷選手の身体の傷が治ることを望みたい。巷ではジャニーズたちが何年も前、何十年も前に負った心の傷を訴えている。ジャニー氏と親交のあったデビ夫人は彼らの起こした行動に対し「死人に鞭打ちではないか。本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない?あなたたちの才能を見出し、育て、スターにしてくれたジャニー氏に恩を仇で返すとはこのことではないか」などという。

こんな言葉を平気でいう身も蓋もない老害ババァに対し、「もし勇気を振り絞って言ったとしても あなたのような人に否定されるからです。一生言えなくて苦しむ人がほとんどです」の言葉を突きつけたのがカウワン・オカモト。「長いものに巻かれろ」という慣用句があるが、上司がその言葉を自分に向けたとき「若い者は何もいうなってことですか!」と返した。返す言葉を模索した上司は「あれは貧乏人への言葉だから」とかわしたが、何を言いたいのか意味不明なので、突っ込むのを止めた。

 



「貧乏人への言葉の意味を説明してください」と口先まで出かかったが、こんな子ども騙しで逃げを打つ上司に執着することもない。見切ればいいというやり方でずっとやってきた。腹の立つ奴、バカな人間、得るものがない人間らに対し、反論する労力さえ惜しまれる。だから見切って終わりにする。親だろうが上司だろうが、表面上はともかく腹のなかでは見切っている。「金持ち喧嘩せず」というのは、貧乏人(貧しい意味ではなく)の域に自分を落としてまで、ゴチャゴチャ言い合いするなってこと。

「お前は〇〇じゃないのか?」などと、分かったような口を利く奴がいる。黙って無視すれば省エネになる。ずいぶん前だが付き合ってる女が「あなたって〇〇みたいだけど、ホントは〇〇でしょう?わたしにはわかるの」などといった。「君がそう思うならそれでいいよ」と返すと「違うなら違うってなぜいわないの!そういうところがきらい」という。好き勝手なことをいう相手に反論などする気も起こらないから黙っていると、好き勝手な言葉で批判をする。「嫌いなら離れたらいいじゃないか」と。

これ以外にいうことはない。人を自分の思うように操作する女は、幼少期から母親で体験済みだから、対処法も免疫もできている。「お前如きにコントロールされるおれではないわ」と口にはださぬが、「うるさい女は消えてくれ!」と腹で願う。人は人に善意も悪意も感じ取るが、その対処法を持っていれば事無く乗り切れる。支配的で傲慢な母親には苦労させられたが、今となってはすべてが恩恵に思える。人間がもっとも避けるべきは、相手が発する怖ろしいほどのエゴイズムに取り込まれないこと。

さもなくば人間を破壊されることもあろう。周囲に善人ばかりでは「悪」に鍛えられることもない。周囲に善人ばかりだと、その人も善人になるかも知れぬが、悪への対処を身につけることができない。善良な家庭環境で育った子どもが社会にでたさい、悪人を認識できないで金銭や肉体的な被害に合うことは誰にでもある。だから、社会的弱者(女性・子ども・老人・障害者)に対する保護は厚い。しかし、自分の夢や希望などの弱みを握られたときに、その代償として悪をのさばらせることになる。

 



ジャニーズの性加害問題は、少年たちがたまたま性的倒錯者の餌食になったに過ぎない。彼らが未成年者をいたぶる悪魔から自らの身を守るすべがあったとは思えない。「公園で遊んでいても知らない人について行ってはダメ」「お菓子をもらってはダメ」くらいの教育はできようが、安心して子どもを託した親にも責任はなく、危機管理能力を持ち合わせない少年たちにも罪はない。しかるにこういう卑劣な犯罪を抑止する方法としては、鉄格子のなかに閉じ込めておいて社会に出さないことしかない。

「誘惑」と「脅迫」という行為は人を手籠めにする方法としては、最も非道で卑劣な行為。前者はソフト、後者はハードという違いはあれども、類似の社会体験がないものにとって被害を受けやすい。「知らない」ことの不幸といえばそうともいえる。われわれはできるなら幾多の体験をしないでも認識はしたいもので、そのためにせっせと本を読んだりするが、残念ながら人間は体験しなければ分からないことが多い。いわゆる不良少年というのがいる。おそらく彼らはジャニーズにはなれなかったろう。

 



ジャニー喜多川氏は、街中で多くの少年たちをスカウトしたが、不良少年が彼の目に止まることもない。男が女性に清純さ・清憐さを求めるように、少女たちもジャニーズに同じようなものを求めた。反町隆史がジャニーズの一員だったことはあまり知られてないが、ジャニー氏が性の知識のない少年たちを狙ったのは、そうした行為が異常でないことを認識できない、認識させない思惑があったという。ところが反町はやんちゃでマセていて女性体験もあった。それでも、ジャニー氏に加害を受けていた。

反町はジャニー氏の男色への嫌悪感から女性に強い興味をもったという。もともと反町のやんちゃな性格が災いしてか、本当のところは事務所をクビになったということらしい。当時はまだ無名だった反町をジャニー氏は密かに怖れ、退所後の彼には強い制裁をしなかったことで、反町は人気がどんどん出ていった。ジャニーズの看板がなくとも実力でのし上がった反町は、ジャニーズ事務所をクビになって正解だった。「男よりも女の方がいい」と、反町が思ったのは幸便というより自然なことだろう。

 

 

企業の対応もさまざまで、経団連の十倉雅和会長は19日の定例記者会見で、ジャニーズ事務所の所属タレントの広告起用を回避する動きが企業に広がっていることに関し、「日々研鑽しているタレントの活躍の機会を奪うのは少し違うのではないか」と述べ、救済策を検討すべきだと指摘した。これは 経済同友会代表幹事の新浪剛史氏とはまるで違っている。経団連は大企業中心とする団体、経済同友会は企業経営者個人参加で経済社会について自由な立場で提言などを行っているが、足並みは揃わない。

 

被害を受けたタレントならびに現在所属するタレントたちを救済するのは、スポンサー企業でなくジャニーズ事務所である。なぜなら事務所のトップが起こした犯罪を企業や社会が非難するのは当然で、タレントに罪はないというのは、木を見て森を見ずということになる。「こんな事務所には居れない」と辞めて当然なのに、力があるから辞めない。東山新社長は刷新して一から出直すといったが、刷新と一新は意味はちがう。一新はすっかり新しくすること。刷新は弊害を抜き去って新しくすることだ。

 

「善人は損をする」「善人は悪人には勝てない」そんな言葉を耳にしたときに考えさせられた。「正義は悪を滅ぼす」という勧善懲悪は幻想だったのか。善人より悪人になるべきか。いろいろ考えさせられたが、最終的に分かったことは「善人が損をするのは善良だからではなく、世間を見る目が甘いから」ということだった。広い視点で世間を見るということは、広い視野で人を見ること。それしかないと理解した。人に騙されない、利用されない自分を作る。そのためには前向きな学習が必要と知った。