「たったひとりしかいない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生きなかったら、人間は生まれてきたかいがないじゃないか」(山本有三)

ひろゆきやホリエモンの言葉にふれても、今どきの若者はこんな素敵な言葉にふれる機会はないのかもしれない。「徒然草」と「兼好法師」や、「源氏物語」と「紫式部」を線で結べても、それらの作品を通して読むことはないのかも知れない。山本有三の「路傍の石」や「真実一路」しかりである。人はその時代に生まれてその時代を生きるのだから、それだけでは良い物にふれる機会を失うことになろう。良い物の存在を知らないからなのか、ひろゆきやホリエモンの言葉の方が胸に刺さる。

近年の受験生はいかに多くのことを覚えた人間が勝利することになっているが、人間の能力の重要度でいえば、記憶力は創造力、読解力につづくものであるという。歴代天皇やクルマの車種、円周率の桁数、世界の都市名などの記憶を披露する子どもが話題になるが、彼らは物事を機械的に覚えているにすぎず、それが何かの役に立つというものではない。いかに多くのものを覚えるかで測られる受験制度に疑義を唱えたところで、制度に従うしかなく、善悪をいったところでどうなるものでもない。

 



大学受験の成功・失敗だけで、「自分の人生は決まったも同然」という意識に追いつめられている学生にとっては、受験の勝利者たり得ることが大事なのだ。したがって、大学に入学した時点がひとつの終点になってしまっている。熾烈な受験戦争の終点に安堵し、苦悩の荷を下ろすことになる若者たちである。人生の一手段にすぎない大学入試が、スゴロクのあがりになってしまったような、そんな人生観をもつ学生に対し、学校が何かを与えてくれるのかというのはいささか疑問に感じている。

授業や教室の机や椅子は与えてくれるが、はたして人生の目的を与えてくれるのか?それをどこでどうつかむかは学生の問題であって、学校以外の別のどこかで掴む人間もいる。東大工学部建築学科を卒業した女優の菊川怜は、1997年大学2年生の時に東京・新宿でスカウトされている。1998年にモデルデビューをし、女性ファッション誌 『Ray』の専属モデルとして活躍した。『'99年度 東レキャンペーンガール』に選出され後1999年にはフジテレビ系ドラマ 『危険な関係』にて女優デビュー。

 



これらからして、彼女が学業よりも違う世界に生きがいを見出したことになる。子をもつ多くの母親父親が口をそろえて、「よい大学へ」、「よい会社へ」と願うのは親の欲目として当然かもしれぬが、命令の度合いが強ければ強いほど子のプレッシャーとなる。山本有三の言葉ではないが、たった一度の自分の人生を自ら決められるほど、多くの子どもは自己に対して強く生きられないのかも知れない。それに反し、小学校や中学校時期から何かに目覚め、自身の決めたことに邁進する子どもがいる。

時たまテレビなどで紹介されるが、観ていてほほえましくもあり、そんな年齢でよくもまあ自身の生きる道を決定できるというのは、何と素晴らしいことかと感嘆されられる。それに引き換え、われわれ大人のなんというふしだらさであろう。山本有三の小説『真実一路』のむつ子という女性は、ふしだらでよくない女として描かれている。むつ子は、ある事情からたいへん実直な男と結婚して子どもを生みそうになるが、「愛してもいない人の子どもを生むのは罪悪だ」とこっそり始末をする。

 



結婚した夫の子でありながらである。それを機にむつ子は夫と離縁する。むつ子はひどい母親であったが、最後にむつ子は自殺を遂げる。自殺をすれば一切が解決するのは間違いないが、生きて解決を示すことこそ大切なのではないか。死ぬことを美化するのは『真実一路』も、三島由紀夫の『憂国』も同じで、いずれも自殺で物語は終わっている。真の苦しみを苦しんだことのない自分にして、自殺ばかりは永遠の謎といえる反面、自殺者が本当の真の苦しみを苦しんだかについての疑問は残る。

結局のところ、人の人生は耐え比べかも知れない。どの人がどこまで耐えられるか、ということである。貧困であろうと、失恋だろうと、離婚して子どもと別れて暮らすことになろうと、それをじっと耐える。死ぬまで解決しない問題もあろうが、それゆえに耐えることが最大の解決なら、人は解決のために耐えなければならない。自殺が耐乏からの逃避かどうか分らぬが、第三者にはそのよう映る。「どうすれば失恋の苦しみから逃れられる?」と問われ、「忘れることを学ぼう」と返したことがある。

「忘れることが必要」「忘れることが大事」より「忘れることを学ぶ」という主体性を進言してみた。「自然に忘れよう」ではなく、積極的な意志をもって忘れる努力をする。辛く苦しいことは時間が忘れさせてくれるだろうし、「時の流れに身をまかせ」というのは女の生き方でいいが、何事にも果敢に立ち向かう男の生き方を「善」とする自分であった。意識するとかえって辛いから、人が自然に委ねることを否定はしないが、問題から意識をそらすことなく強い意志を漲らせるのも男らしい。

「人は強くなることを学ぶ」ためにどうすべきか。クヨクヨしないで生きてゆくにはどうすべきか。そうした問題提起からもたらされたのが、「強い自分を作る」さまざまな方策だった。文句はいわず、愚痴にフタをし、騒がず耐える心も強さであると信じた。「愚痴は絶対にいわない」と決めたら、口先まで出かかった愚痴を飲み込むことができる。男としてみっともないこと、情けないこと、羞恥なことを自らに掲げて実践する。ひらたくいえば「我慢をする」ことだが、だんだんと慣れてくる。

 



我慢は耐えることであるから、人にも自分にも甘えない。人には何ごとも頼まない、無理をいうなどとんでもない。そういう気持ちが相手にも自分にも甘えないことになる。「絶対にそんなことはしない」と、当初は意地にもなったが、意地になってでも何かをしない、愚痴もいわないという、そういう生き方が楽しいことだと気づいた。自分を律するなどというカッコのいいものではなく、自分でできることだけをし、それ以外は無理だと除外した。これが実に楽しいことだとわかったからだ。

自ら主体的に学ぶ人は、それが楽しくてやっている。行動とて同じことだ。何かを実践する人はそれが楽しくて仕方がない。毎日のジョギングを誰かに強制されてやれるものではなかろう。自らがそれをしたいから続けられる。それは一種の哲学として認知されている。だからか自分は、「強制」がきらいで基本的にやらない。ブログを書く動機も、評価が欲しいとかお金になるからという人もいれば、老化防止や自己顕示欲を充たすものとして続ける人もいように、何事も楽しければ強制よりマシだ。

「たったひとりしかいない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生きなかったら、人間は生まれてきたかいがないじゃないか」。「本当に生きる」の意味は、嘘を生きないこと。つまり、自分の気持ちに正直に生きること。親が子の人生を支配するのは反対だが、親が子の幸せを信じて支配・強制するのは、その親の思いだから他人が批判することではない。子の将来に親の責任の負い方は分らぬが、子どもが医者になれば幸せな人生を送れると信じる親を、「まちがい」であると他人はいえない。